第11話 綺麗なお姉さんは好きですか? 6

 夕餉の支度が整うと、ルーシーが警備業務についている橘佐那子女史をダイニングに招き入れた。

業務中であると最初は誘いを固辞していた橘女史だった。

だが雪美と円が共に警備の対象と言う事もあり、『ここは互いの自己紹介も兼ねて』とルーシーが押し切った。

元より明るく社交的な彼女の性格もあるのだろう。

ルーシーと雪美よりいささか年長だが三人はすぐに打ち解けてガールズトークが始まった。

ともすれば最近は他者との折り合いが悪い方に振れがちの円さえ、身構えたり阻害感を感じることなく会話に加わることができた。

 

 橙色のダウンライトが室内に落ち着いた光を投げかけている。

柔らかな灯かりに満ちる空間は少女たちのはしゃいだ笑いがさざめく。

キラキラ輝く彼女たちの瞳は今を生きる溢れんばかりの喜びの気色を表現している。

『例え世界を敵に回したって守る価値があるさ』

目前の眼福に酔い痴れながら、オヤジ臭いディレッタントを気取る円は、心の底からそう思う。

『“時よ止まれ、お前は美しい”だっけ』

臨終のファウストは女性に向かってそう言った訳ではないけれどね。

今この時を止めて、僕は少女たちの美しさを心行くまで堪能し尽くしたい。

円はそうぼんやり考えたところで、少し慌てる。

『“眠れる美女”だっけ?

川端康成じゃあるまいしね。

こんな上から目線で好色ヒヒジジイみたいな事を考えていることがふたりにバレた日には、どんな目にあわされるか分かりゃしないよ』

 幸いにも雪美は、ルーシーと橘女史の姦(かしま)し話に加わって楽しそうに笑い転げており、円にはまったく注意を向けていない。

最近はあえて身体に触れられるまでも無い。

表情と仕草だけで内心の粗筋を見透かされるようにもなってきている。

「三島さんは加納円専従の思想検事かい!」

雪美に一度はツッコミを入れてみたい円である。

取り敢えずは脅威判定グリーンと言う事で、円はほっと胸を撫で下ろす。

さんにんはお喋りに夢中なので、円はデザートと一緒にサーブされるコーヒーを入れようと席を立った。

 

 夕食会はルーシーが作ったコンポートへの称賛と、円が入れたフレンチローストのマンデリンが放つ芳ばしい香りの中でお開きと成った。

時計も八時を回っていたので、橘女史にお願いして似非パトカーを出してもらうことになった。

 三鷹台からほど近い雪美の家を経由して、円の自宅までそれぞれを送り届けるルートをルーシーが提案する。

計画は橘女史に快く受け入れてもらえたが、警備の都合上ルーシーも助手席に納まって同行することを求められた。

それは円としては願ったり叶ったりのことだ。

 明日から停学に成るいきさつは、円にも問題大ありだ。

そこでルーシーに口添えをしてもらえれば『双葉の暴走を未然に防げるのでは?』と期待したのだ。

弟を溺愛する双葉の普段の言動を考えればどうだろう。

半ば円の態度に問題があったにせよ、奥ゆかしさや羞恥心をかなぐり捨てて、学校にクレームテロを仕掛けかねない。

双葉のモンスター化については、当事者の円よりむしろルーシーの方が強く心配している。

双葉に対峙するに当たり、ルーシーが傍らにいてくれれば円としては一安心だった。

 どう考えても理不尽な停学だが、要らぬ減らず口をたたいて教頭を挑発した。

それについての責任は円も素直に認めている。

円としては停学処分について一応の納得はしているのだ。

担任も病欠扱いにすると寛大すぎる申し出をしてくれている。

だがそのことを双葉に上手に説明する自信が円にはない。

どうしたものかと思案に暮れているところに、ルーシーが加勢してくれるとなれば真に渡るに船だ。

 停学に至った経緯の説明と弁明を目的に、ルーシーが円の家に上がり込む。

それを聞いて治まらないのは雪美である。

説明責任は、ルーシー以上に事情を知る自分にある。

そう言い張って引き下がらない。

早々に自宅に電話を入れると「三鷹台に戻る途中で下連雀に寄って貰えばOKです」と強引に同行を決めてしまった。

 ルーシーとしてはそれが何だか面白くない。

ふたりは上品な言いまわしで罵り合いを始める。

近くでそれを面白そうに眺めていた橘女史がやがて腹を抱えて笑い出いだした。

もとより小さなヤキモチのせめぎ合いあいである。

その自覚があるのでふたりは同時に赤面し恥ずかしそうに俯いた。

爆笑する橘女史は「この色男!」と円の背中をどやしつける。

円は彼女の細腕から繰り出された衝撃に『さすがもとレンジャー』と心の中でツッコミを入れつつ思わず息を詰まらせた。

もちろん円には、ルーシーと雪美の言い争いも橘女史の朗らかな笑顔も、全く意味不明だった。

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