第9話 少女と少年とチョコレート 3

 「ゴディバのロゴマークって裸の女の人が馬に乗っている姿をモティーフにしているの」

「ゴダイヴァ夫人と言う事?」

「そう。

ゴディバの創業者が、正しいと思ったことをやり遂げたゴダイヴァ夫人の勇気。

それと夫や領民に対する深い愛に感銘を受けて、社名とロゴマークに彼女を採用としたと言う訳ね」

「なるほど。

領民に対する愛と言うのは分かるけどさ。

破廉恥なパフォーマンスを妻に演じさせた夫への愛ってのは、どうなの?」

円は気のない様子だ。

それでも一言返さずにはいられない。

「そこなの。

領主は元から暴君と言いう訳では無かったわ。

コベントリーに封じられると大修道院を建設したり公共施設を造ったり。

領主は社会インフラの建設に精力を傾けたの。

重税はその費用を捻出するためだったのね。

コベントリーの住民のために始めた事業だったのにね。

その事業がいつしかその住民を苦しめる原因となってしまった訳だわ。

領主夫婦は揃ってとても信心深い人達だったの。

だからゴダイヴァ夫人は夫の理想をよく理解していたと思うわ。

夫人は目的と手段が取っ散らかっちゃった連れ合いの目を、ただ覚まさせたかった。

それだけだと思うの。

いくら市民のためとは言っても中世のやんごとなき貴族の奥方ですよ?

もちろん信仰に基づく下々への博愛精神はあったでしょうけれどね。

それよりはむしろ真面目で信仰心が厚い理想主義者である夫・・・。

そんな夫を心配する妻の愛が廉恥(れんち)を上まったのではないかしら。

わたくしはそう思うの」

雪美は目を伏せてカップに口をつける。

「三島さんって凄いね。

ココアを一口飲んでそこまで考察しちゃうんだ」

驚き半分揶揄半分と言った円の余計な一言だった。

「わたくしの頭の中でルーさんの姿と重なったんですよ」

雪美は目を伏せたままカップを置く。

「先輩とゴディバのチョコが?」

「あんたバカぁ!

分かってるくせに。

わたくしにとってルーさんの存在は、誰かさんと違って甘くもほろ苦くもないですよ。

ゴダイヴァ夫人ですよ」

「・・・僕には三島さんが何を言いたいのかさっぱりだよ」

「ルーさん、しばらく夏目さんと歩いた後で路地に入って車に乗ったでしょう。

夏目さんは車のことを知らなかったのね。

夏目さん、何か懸命に話しかけていたけれどね。

ルーさんはそれを遮るように会釈してすぐに車に乗り込んだわ。

車が走り去った後の夏目さんの顔を見たでしょう?」

「不機嫌そうな顔してた」

「これでわかったでしょ。

夏目さんはともかくとしてルーさんは彼のことを屁とも思っていないわ」

「屁とも思わないって、三島さん。

美少女の唇から屁という言葉はないでしょ。

あんたバカぁも止めた方がいいよ。

・・・そうなの?」

その表現は如何なものかと顔をしかめる円を、シレッと無視して雪美は続ける。

「そうなの。

マドカ君には分からないでしょうけど、わたくしには分かるの・・・ではなくて知っているの」

「でもそれとゴダイヴァ夫人がどう繋がるって言うのさ」

「女はね。

愛する者のためには体面を捨てる事も心を閉じることもできる。

一度目的を定めたら手段なんか選ばないし、なんだって利用できちゃうって言うこと。

少なくともルーさんとわたくしの中の女はそう」

「?」

円には永遠に理解できないかもしれない女の了見だった。

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