第32話 借りた恩は返したいけど、本当はそれだけじゃない

 

「僕はフレアに今まで色々と助けてくれたことを本当に感謝しているんだ。だけど、僕は君に助けてもらってばかりなわけにはいかない。いつか君と対等な関係になりたいと思っていた。だからさ、これからは友人じゃなくて、になりたい」


 もう僕はなんの力もなかった昔とは違う。


「相棒……。悪くない響きですね。了解しました。私はあなたの相棒になります。本当に、本当にありがとう」


 フレアは僕のお腹に頭をこすりつけてくる。


「おい、フレア!?」


 フレアを引き離そうとするも、彼女は僕を離してくれない。


「うっ……うう……」


 もしかして泣いてる!?


 彼女はいつも凛々しいイメージがあるけれど、本当は心に色々と悩みや不安を抱えていたのかもしれないな……。だがそれもよく考えればもっともなことだ。


 何しろ、彼女はまだ16歳の少女なのだから。そんなフレアは12歳で家を追いだされ、ずっと一人で頑張って生活してきたのだ。


 僕はフレアの背中をさすってやる。


「ごめんなフレア」


「ぐすっ。どうしてあなたが謝るのですか」


 両目を赤く腫らしたフレアが僕の顔を見上げる。不謹慎ながら、僕はそんな彼女の泣き顔にドキリとしてしまう。


「だってフレアがそんなに心細い思いをしていたのに、僕はそのことに全く気づいてあげられなかったからさ」


「違います。別に私は自分の境遇が悲しくて泣いたわけではありません」


「じゃあどうして」


「……嬉しかったのです。あなたが私の相棒になりたいと言ってくれたことが。ラース、あなたは私が初めて心を許した人ですから」


「そうか。フレアがここまで僕のことを信頼してくれるなんて嬉しいよ。安心してくれ。僕は絶対に君を助けるから」


「はい。頼りにしています」


 にっこりと微笑むフレアに、再び僕が見とれてしまったのは言うまでもない。



 ◆❖◇◇❖◆



 クレマンデスの馬車に乗せられてから5日後、ようやく僕らはブルワースに到着した。港町なだけあって、馬車の中に居ても潮の香りが漂ってくる。


 僕はちょくちょく窓から外の様子を伺う。ブルワースは港を使った貿易をしているだけあって活気がある。色々な地域から来たと思われる人や物であふれかえっていた。


 バラード家の屋敷は、そんなブルワースの中心部に存在した。ただし、トロンにあるラマテール公爵家の屋敷とは全然違う。


 まず、バラード家の屋敷はブルワースの中心部にあるといっても、正確には少し海側にずれた位置にある。さらに、バラード家の屋敷近くには同じような貴族たちの屋敷が何軒も立ち並んでいた。


 広大な敷地を持つラマテール公爵家とは全然違う。爵位に差があるとはいえ、一応バラード家はブルワースの盟主なはずなんだけどな。


 なんというか、バラード家の屋敷は領主というより、領地を持たない貴族の屋敷といった印象を感じる。


 建物自体も、ラマテール公爵家の屋敷はお城っぽかったのに、バラード家の屋敷はもっと一般的な金持ちの館といった雰囲気を醸しだしている。


 その疑問を口にすると、フレアは答えてくれた。


「ラマテール領など、多くの領都には中心に大貴族の城があるので、確かにブルワースは特殊かもしれませんね。ブルワースには大貴族がいないのです。通常、多くの領地には大貴族がいて、その下に多くの下級貴族たちや騎士たちが働いています。けれど、ブルワースでは爵位の低い子爵、男爵、準男爵たちが議会を開き、5年ごとに選挙で元首を選んでいるのです」


「なるほど。爵位の低い貴族がずっと権力を握っていると、同じような爵位なのになんであいつだけ偉そうなんだと他貴族から不満がでてしまうものな」


「その通りです。まぁ、しかし選挙などというのは名ばかりで、ここ数十年はずっとバラード家の人間が元首の座を独占しています」


「それだけバラード家の財力は膨大ってわけか」


「はい。大貴族に匹敵する財力ですので」


「フレアお嬢様、お願いがございます」


 隣の部屋からクレマンデスが出てきた。馬車は大型なので2つの部屋に分かれている。僕らは後方の部屋だ。


「こちらを装着していただけないでしょうか」


「これは……」


 クレマンデスが手に持っているのは黒いローブだ。僕は警戒して【鑑定眼】を使う。


 ―――――――――――――――――――――――

【認識阻害のローブ】……このローブをまとっている者は周囲から顔や声、身体つきなどを認識されにくくなる。

 ―――――――――――――――――――――――


「認識阻害効果のあるローブ……。これを被ればバラード家にフレアが戻って来たことがばれないというわけか」


「おお、鑑定系統の魔法が使えるのですね。はい、ラース様のおっしゃる通りでございます。私はキャサリンお嬢様より、フレアお嬢様がバラード家に来たことは内密にするようにと、仰せつかっておりますので」


「つまり、キャサリンお姉様と私が会ったことが周囲に知られるとまずいのですね。良いでしょう。私もあまりこの家の人間には会いたくありません」


 フレアがローブを着る。途端に、彼女の顔が上手く認識できなくなった。


「どうですか」


 フレアの声もいつもとは違ったように聞こえる。


「まるで別人と会話してるみたいだな」


「それは凄いですね。いったいどのような魔法が付与されているのか気になります」


 僕らはクレマンデスの案内の下馬車を出て、バラード家の屋敷に入る。門番はいたが、クレマンデスがいたので特になにも言われなかった。


 シルはバッグの中に隠している。特徴的なガーゴイルがいたら家の人間の印象に残ってしまうからな。


 有力貴族の屋敷なだけあって、中は広いし豪華だ。大きなエントランスホールを抜けて階段を登っていき、三階に到達すると、クレマンデスはとある部屋の前で止まる。


 彼は扉をノックした。


「お嬢様、お客様をお連れしました」


「入ってきなさい」

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