第13話 充分な管理がされていないとは聴いていたけども

「おい、あの臭いはなんとかならんのか!」


「早く解決してくれるという約束はどうなったんだい!」


「あんな環境じゃ生活できねぇんだよ。お前たちも一回住んでみろってんだ!!!」


「そーだそーだ!」


 ギルド長からの緊急依頼を受け、墓場に向かっている途中、なにやら役場の前が騒がしいことに気がついた。


 多くの人々が抗議の声を上げている。彼らは今にも暴動を起こしそうだったが、衛兵たちが長槍で牽制けんせいすることで抑え込んでいた。


 彼らの会話を聞くと、どこかで異臭が発生しているらしい。確かに、自分が住んでる場所でそんなのが発生したら困るな。


 僕はその異臭問題が解消されることを祈りながら、役場の前を通り過ぎるのだった。



 ◆❖◇◇❖◆



「なんだこの臭い」


 墓場の近くにある街角にて、僕は思わず顔をしかめた。辺りには物凄い臭いが充満している。ある程度平均的な収入のある市民が住む地区だというのに、人通りは少なく、空気はどんよりとしていた。


 家々の窓は固く閉められ、先ほどまで耳に入っていた渡り鳥たちのさえずりは全く聴こえない。この異臭、前にも嗅いだことがあるぞ。


 冒険者をしている以上、必ずと言ってよいほど嗅ぐ臭い――腐臭だ。それも肉の腐った臭いに違いがない。さっき抗議していた人たちはおそらくここの住民だったんだろう。


 耐えられなくはないが、ここで生活できるかと言われたら正直なところ自信はない。それだけこの臭いはきつい。


 しかし、まだ墓場まで距離があるというのにこれほどとわな。ギルド長から臭いから身を守るためにマスクを持っていけと言われていたけど、忠告通りに持ってきていて良かった。


 僕は背嚢はいのうから獣の皮で作られたマスクを取りだすと鼻に装備する。これによって、だいぶ臭いに悩まされることは少なくなった。



 ◆❖◇◇❖◆



「束縛眼!」


 襲い掛かってきたアシッドゾンビを動けなくさせ、ショートソードで切りつける。アシッドゾンビは口から強酸を吐いてくるので危険な存在だが、こうして動きを止めてしまえば怖くない。


 僕はショートソードを見やる。いつもと違い、刀身は白く神聖な光で薄っすらと輝いている。教会による《聖の祝福》を受けたからだ。


 教会で受けられる祝福にはいくつか種類がある。《聖の祝福》とは、武器や生身に死者の嫌う聖属性の魔法を付与することにより、アンデッドに対する攻撃力を一時的に上昇させることができる。


 一時的な効果しかないとはいえ、祝福を受けるにはそれなりの金がかかる。だけど今回はギルドが負担してくれることとなったため、自分の財布は全くダメージを受けていない。


 アシッドゾンビからどす黒い魔石を取りだすと、僕は周囲の警戒を怠らないようにしながら進み続ける。ここはもう墓場の奥まった場所だ。


 至る所に墓石が立ち並んでおり、その下には無数の穴が開いていた。おそらく、瘴気によってアンデッドとなった遺体が起き上がり棺から抜けだした後なのだろう。


「きゅい!」


 シルの鳴き声が危険を知らせる。後ろの足元を見ると、地面から生えてきた2本の腕が僕の右足を掴もうとしていた。すかさずシルは口から聖銀の鉄球を吐きだす。


 鉄球が異形の左腕に当たる。左腕はそれだけで吹き飛んでしまった。聖銀にはアンデッドの身体にダメージを与える効果があるからだ。


「うがあああ」


 地面から左腕を失ったゾンビが這いでてくる。僕はそいつを束縛眼で拘束、なんなく倒した。


「ありがとうシル。君は本当に頼りになるよ」


「きゅいきゅいー♪」


 シルは褒められて嬉しそうな声を上げる。だが、シルが役に立っているのは紛れもない事実だ。僕は探知眼を使うことで周囲にある魔力に感知することはできる。


 しかし、地面や水中の敵には上手く反応しないことも多いのだ。シルは僕の頭上を旋回し、死角に現れた敵を僕に報告したり、攻撃したりしてくれる。


 フレアは新しいガーゴイルを試しに使ってくれなんて言っていたが、こんなに心強い相棒を作ってくれた彼女には感謝しなきゃだな。


「ここかな」


 墓地の探索を続けていると、お目当ての洞穴を発見する。大きめのお墓の横に、不自然な空洞が広がっている。中を覗くと、下へと続く階段が見えた。


 人工物に見えるが、こんな場所にわざわざ地下施設を作る物好きがいるとは思えない。


 いや、もしかしたら特殊な趣味の人間がここに住んでいたりするのかもしれないが、そんなことは非常にまれだと思う。


 これは間違いなく迷宮だと思う。迷宮というのは、ときに人工物にしか思えない構造をしていることも多いのだ。その理由は全く分かっていない。


 一説によると、迷宮というのはある種の魔法生命体であり、世界に存在する構造物を模倣もほうする性質があるとか。


 そんなことが以前読んだ書物に書いてあったような気がする。まぁ、僕は専門家じゃないので、まるで意味が分からなかったけどな。


 足元に注意しながら、階段を降りていく。天井が低いためにシルは僕の肩にとまった。


 らせん状の階段を降りると、その先には広い空間が広がっていた。そこら中に墓石が転がっており、遠くからアンデッドのうめき声も聞こえてくる。


 迷宮の中にもアンデッドがいると聞いてはいたが、どうやらこの迷宮は地下墳墓を模して造られているみたいだな。


 何階層あるのか分からないが、とりあえず、悪霊が目撃された場所まで行くとしよう。

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