みかん星

マフィン

全1話

 みかん星。

 日本国管轄の排他的経済宇宙域にある廃棄物保管惑星U.N-syu07番のことを、地球ではこういう俗称で呼ぶのだという。

 由来はなんだっけか。地球の果物だっけか。私は目の前から拾い上げたスクラップを手のひらで弄びながら、ガリガリいうブレインで容量の少なくなってきたメモリーチップ内に必死で検索をかける。

「アレダロ。ココノ地表ヲ覆ッテル錆嵐ノセイデ、宇宙空間デ地球ノ果物ニ見エルッテヤツ」

 オマエハモウ忘レタノカ、馬鹿ダナ。飛んできた電子音声の罵倒に思わず顔をしかめた。あっちには搭載されてるメモリーの容量が多いから細かいこともいちいち覚えていられるのだ。まったく、忌々うらやましい。

「私が馬鹿ならそっちも馬鹿でしょ。いいから早く行こう。新しいやつが錆びついちゃう」

 口撃しながら急かせば、あいつは台車を押しながら2本の足で歩き始めた。スクラップを投げ捨てて、私も同じ速さでゆっくりと動き出す。ん、と伸びをした腕の表面、シリコンが裂けたところから覗く合成金属の骨格に印字された型番が、錆嵐の中で鈍く光った。女性型の私には似合わない無骨なそれを眺め、しみじみと己の存在に思いを馳せる。

 私はこの惑星に捨てられたアンドロイドだ。投棄前の使用目的や投棄に至った理由は不明だ。思い出そうにも記憶は消去されている。

 私のねぐらにある旧時代の情報記録・閲覧端末(投棄されていた試作品をいじったものだ)で調べたところによると、アンドロイドを廃棄する際は記憶媒体内の情報の消去ならびに知能・人格回路の削除の義務があるらしい。しかし廃棄を請け負った企業はずさんな廃棄物処理をしていたらしく、記憶の消去はしても回路の削除はしていなかったようだ。

 おかげで私はこの寂しい星で、落ちてくる荷物を漁ってパーツを補いながら、孤独に稼働し続けなければならなかった。

 今日もまた、昨日投棄されたばかりのコンテナを目指してのそのそと歩いていく。荷物の運搬車とかが欲しいが、あいにく乗り物なんて手押しの台車ぐらいしかない。投棄物に混ざっていないだろうか。それもだけどよいバッテリーがあるなら取り替えて補給時間を短くしたい。機体の表面用のシリコンがあったらこの損傷を埋めてもいいし、後ろを歩くあっちのロボットアームに差すオイルもほしい。もしもあったなら、メモリーチップを換装して増やすのもいいかなあ。

 いくつもの妄想・仮想・夢想を繰り返しながら、私はゆっくりと地表を進んでいった。




――――――――――――――――――




「……大当たり!やった!」

 コンテナの落下地点であれの腰から生えたロボットアームに持ち上げられながら、コンテナ上部に穴をこじ開けた私は思わずガッツポーズをした。焦げ跡もまだ新しい宝箱の中身は、私が喉から手が出るほどほしいお宝ーーつまりはアンドロイドのパーツ類等の山なのだ。今回こそ、目指すものが手に入るかもしれない。

「オーオー良カッタナ。サッサト入レ。ソシテ探セ」

「あっちょっとまって、髪!髪とか大事なところ引っかかってる!」

 ぶっきらぼうに吐き捨てながら、アームを淀みなく操作して私をドアから押し込む。せっかちめ。ただでさえでかい方なのにああだからバッテリー切れも早いんだ。こっそりと毒づきながら、私は薄暗い中に体を突っ込む。そしてアイカメラを暗視モードに切り替え、内部を改め始めた。

 少しでも多くの廃棄物を入れられるよう、隙間なくぴっちりぎっしりと詰められていたはずの荷物は、墜落の衝撃で崩れて飛んで散らばり、まるで特大の錆嵐が通り過ぎた後のような惨状だ。だけど予想外に、パーツ自体には損傷が少ない。簡単に壊せないほど頑丈に作ってしまったからこそ、人間達は廃棄物を星に捨ててなかったことにするのだろうか。もったいないことだなあ、純粋にそう感じた。これ以上中身に体がつっかからないよう肘をついて慎重に進みながら、私は転がるもの一つ一つを手にとり時にスキャンをかけ、お宝候補をじっくりと検分していった。

 まだ組み上げられていない手足のパーツ類。根本に彫られた型番をチェック。これはダメ、新しすぎて規格が合わない。試作品と缶の表面に印字された整備用オイルの蓋を切って指を入れて成分分析。これは持ち帰ろう。私を離したロボットアームに回収させる。最新技術をふんだんに使って作り上げたらしいバッテリー……一緒に入っていた説明プレートを見ると爆発の危険性があったので開発中止とか書いてある。こんなもの作らないでほしい。これもダメ。

 そしてコンテナの最奥の奥。ひっそりと置かれた金属製の箱を指先からのレーザーで焼き切って中を確かめた時――パルスがぎゅんと高まった。

 中身はアンドロイドの骨格部品。箱がよかったのか耐熱性の高い金属で作られていたのがよかったのか、中身には何の傷もない。試作品でも不良品でも、まだできてないやつでもいい。とにかくこれは、私にとってのチャンスなのだ。

『見つかった』

 口に出すのももどかしく信号を送れば、ロボットアームはすぐさま私を抱えあげるため動いた。こちらは目の前の箱をしっかり抱え込む。だいぶ重い箱だから骨格がギシギシきしむけどそんなのはどうでもいい。髪がどこかに絡んでずるずる抜けてもいい。これだけは絶対に守る。「私」にとってはそれだけの価値があるのだ。

 ロボットアームに吊り上げられて、私は薄暗さの中からオレンジ色の砂の空へ帰還する。箱ごとゆっくりと地べたに下ろされるのを待って、私は箱の中身を傾けて地面に出し、部品を手に取った。アイカメラをズームにする。部品を隅から隅まで改める。

 お願いします。この中に希望が、入っていますように。




――――――――――――――――――




「ダメダッタナ」

「うん……」

 お宝になれなかった骨格パーツの散らばる地べたにつっぷして、私は絶望に呻いた。今回捨てられたこの骨格は、どうも完成する前に問題が発覚した品だったらしい。ああ、いつもそうだ。

 この星にやってくるものは、完成を見ることなく捨てられる。そういうものなのだ。

 ちょうど、『私』みたいに。

「……モウスグ夜ダ。帰ルゾ」

「はーい……」

 時間の経過をカウントしていた『私』の言葉に素直に従って、腕を上げると体が宙に浮く。それを成した、本来なら肩用のロボットアームが伸びているのは、少し離れた場所に立っている『私』の腰からだ。あっちには腰と足しかない。腰から上はすっぱりとなくなっていて、断面から覗いているのはシリコンカバーに覆われた上半身との接続部品と諸々のケーブルだけだ。伸びたケーブルは私の胴に伸びている。下半身と切り離されて胸から上しかない、中途半端な体に。

 私の愛車になっている台車に、ロボットアームがゆっくりと私を乗せる。アームはそのまま台車のハンドルをつかんでゆっくりと動き出した。試作品の投棄物でしかなかったこの道具は、腕でしか動けない私の上を運ぶのにうってつけだった。

 そう、上半身と下半身をきちんと繋がれないまま試作品として捨てられた私には、あまりにもお似合いだ。

 脳内にピコンと通知が鳴る。半分忘れていたが、メモリー検索をかけていた結果がやっと出たようだ。この星がみかん星と言われる理由。あいつのメモリーには入ってなかったもの。はるか昔この星に、足を踏み入れた人間が教えてくれたもう一つの理由。

 ここは人類のゴミ捨て場。捨てられるものはすべて完成に至らなかったもの。だから、未完成。みかん星。

 本当に、私にはぴったりの星なのだ。

「次はいい部品見つかるといいねえ」

「無理ダロウナ」

 台車でごろごろ運ばれながら、私は下の私に話しかける。何の因果か奇跡か、私は未完成品でも生きていた。下半身に組み込まれていたサブの人格・知能回路を使って、バッテリーを共有して生き延びていた。不格好な未完成品でも、それでも生きていた。

 周りにそびえるスクラップの山から、黒い影が差している。いつのまにか錆嵐は止んで、うっすらと空が見え始めていた。この星では数年に一度見られるかわからない、錆とは違う晴れやかなオレンジの空。近くにある恒星の光が作り出す夕焼けとやらの色。その真ん中で不意に光が瞬いた。次の瞬間、光の筋がすうと伸びてくる。白かったそれは次第に赤みを増して近づき、やがて地平線の向こうに落ちた。

「あ」

「ア」

 流れ星、などではない。この星に燃えながら落ちるものはただひとつ。それはすなわちスクラップ。未来が閉ざされた廃棄物の数々。誰も目を向けないはずのモノたち。

「よし、いこっか。バッテリー大丈夫?」

「コチラヨリソチラノ心配ヲシロ」

 それでも。その中に希望があるのなら。かき集めて組み合わせて、この体を繋ぐ道が開けるのなら。

 台車がくるりと向きを変える。落っこちた光に向けて私は歩く。コンテナの中身に今度こそ、私をつなげるパーツがあることを期待しながら。

 未完成から完成へ。モノとして持っている、当たり前の希望のために。

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みかん星 マフィン @mffncider

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