第7話 気分は25000円のマイク
「いつまでもそこで見てないで、あなたの正義を私は問うから……!!」
プレイステイブル4に有線接続されたマイクで今風のJ-POPを歌い終えると、壬生川さんは微妙な表情をした。
「確かにカラオケできてるし音響も悪くないけど、遅延ひどくない……?」
「そうだね、隣で聴いてても何かずれてる」
インターネットの通信なら一般に無線LANより有線LANの方が高速なので有線接続のマイクは使いにくくても遅延はあまりないだろうと思っていたのだが、実際には聴いていて分かるレベルで歌声と音声がずれていた。
壬生川さんはそれから何曲も続けて歌い、試しに僕にも1曲歌わせてくれたが有線接続のマイクは確かに遅延がひどかった。
「期待はずれとは言いたくないけど、ちょっと残念ね。慣れれば問題なくなるのかも知れないけど」
「マイクは他にもあるだろうし一緒に調べてみない? パソコンとかタブレットある?」
そう提案すると壬生川さんは自分のタブレット端末を持ってきてくれて、僕らは肩を並べて家庭用カラオケのマイクについて検索した。
壬生川さんが購入していた有線接続のマイクはヨンテンドーの公式グッズで、表向きはヨンテンドーのゲーム機でしか使えないことになっているが実際にはプレイステイブル4でも使えるものだった。
「本当にそうかは分からないけど無線接続のマイクの方がゲーム機では遅延が小さいみたいね。口コミだとヨンテンドーのワイヤレスマイクが一番いいみたい」
「なるほど。それでお値段は……25000円!? マイク一本で!?」
壬生川さんもアカウントを持っているインターネットの通販サイトで調べたところ家庭用ゲーム機のマイクとして最も評判のよいヨンテンドーの無線接続マイクは新品で25000円、中古でも18000円という驚くべき価格だった。
このマイクの定価は5500円ほどなのでプレミア価格にしても高騰しすぎているが、これはコロナ禍で自宅カラオケを楽しむ人が増えたためヨンテンドーの在庫が底をついていたらしいと後で知った。
「買ってみたいけど流石にこの値段は無理ね。今あるマイクでもカラオケは何とかなるから、明日からも一人でやってみる。今日は接続とか初期設定とかやってくれてありがとう」
「壬生川さんが喜んでくれてよかった。また値段が落ち着いたら買ってみようか」
その日は壬生川さんの部屋でゆっくり過ごしてから夕方になる前にご両親に挨拶をして帰り、明日からのオンライン授業と学生研究に備えて皆月市の下宿に戻った。
夏休み明けの定期試験に備えて過去問をチェックしてからベッドに入ると、僕はあの高すぎるワイヤレスマイクのことを思い出した。
壬生川さんは今現在大好きなカラオケボックスに行けない状況で、自宅でのカラオケも遅延がひどいマイクでしか遊べない。
コロナ禍は収束する見込みがないし、ワイヤレスマイクの価格はつり上がっているがお金さえあれば買うことはできる。
そして、僕には稼ぎ始めてからほとんど手を付けていないお金がある。
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