219 指切りげんまん

 高反発マットレスの上で目覚めた化奈は、自分の身体がやけに冷たいと感じた。


 控えめな胸や引き締まった腹部は直接毛布に触れていて、陸上部の練習で日焼けした手で眠いまなこをこすりながら周囲の毛布を引きはがすとそこには同じく生まれたままの姿の珠樹が寝ていた。


 昨晩人生で初めてアルコールを飲んでから自分が彼に何をしたのかを一瞬で思い出し、化奈は布団の周囲に散らばっていた下着とパジャマを恐るべき素早さで身にまとうと父の書斎を飛び出して1階に下りてシャワーを浴びた。


 幸い父はまだ帰ってきていないようで、今のうちに証拠を隠滅すべく化奈は全身を必死で洗った。


 手早くシャワーを済ませ、バスタオルで身体を拭いて新しい下着を身に着けた所で誰かが洗面所に入ってきた。



「珠樹!?」

「あ、ごめんカナちゃん。……一緒に入る?」

「アホかっ!!」


 とぼけた発言をした珠樹に歯磨き用のコップを投げつけると、コップは彼の鼻に直撃した。



 それからは珠樹にもさっさとシャワーを浴びるよう伝え、父の書斎に戻って散らばっている毛布やあれこれを片づけた。


 何食わぬ顔でリビングに戻り朝のコーヒーを飲み始めた所で父は帰ってきて、そのまま「朝のシャワーを浴びた」所の珠樹と3人で朝食を取った。


 昼から始まった告別式の最中も叔父が火葬に召されている最中も、化奈は珠樹と目を合わせることができなかった。



 火葬が終わり夕方から改めて一族だけで食事会をするという段階になって、化奈は両親と叔母に一言伝えて珠樹と共に外へ出た。


 やけに距離感が近い珠樹に冷たい態度を取りつつ、化奈は彼とホリデーパッチン本社ビル近くの公園に入った。


 化奈がかつて珠樹に初めて思いを伝えられた場所にして白神塔也への思いを自覚するようになった場所であるその公園で、化奈は珠樹と大事な話をしようとしていた。


 見慣れたベンチに並んで座ると化奈は会話を切り出した。



「……聞くまでもあらへんかも知れんけど、珠樹、昨日の夜のこと覚えとる?」

「もちろん。忘れる訳ないで」


 その時のことをおぼろげに思い出してしまい、化奈は顔を赤らめて黙り込んだ。


 自分とは違って余裕がありそうな珠樹を憎らしく思いつつ化奈は再び口を開く。



「あのな、珠樹。うちはあの時人生で初めてお酒飲んでて素面しらふやなかったと思う。せやけど」

「うん」

「珠樹と、その、そういうことしたん後悔してへんから。だって、うちらいつかそういう関係になるんやろ?」

「俺はそのつもり。というかもうなってもうたね」

「しばくで……」


 笑顔で答えた珠樹に化奈は再び顔を真っ赤にしていた。



「とにかくうちは珠樹と一緒になるって決めてんから、絶対現役で立志社大学に受かるんやで。余裕や思とるかも知れんけど今から真面目にやらんかったら本番でどうなるか分からんで」

「カナちゃん、俺は志望校変えても絶対手え抜かへんで。現役で受かったらカナちゃんと同時に卒業できるから丁度ええわ」


 珠樹が現役で立志社大学経営学部に合格したとすれば来年4月に化奈は6年制大学の3回生に、珠樹は4年制大学の1回生になるから確かにそういうことになる。


「その意気やで。付き合っとるんは皆には秘密にして、珠樹が大学生になったら打ち明けような。約束できる?」

「分かったわ。それまでは俺も誰にも言わへん」

「じゃあいくで、指切りげんまん……」


 ベンチに並んで腰かけたまま化奈は珠樹と小指を交わし、2人で約束を誓った。


 再び向き合った珠樹の顔はやはり愛しくて、化奈は彼の背中に両腕を回すと今度はゆっくりと口づけを交わした。



「あ、これぐらいはええけど大学受かるまではそういうのはお預けやから」

「ええー、何とかならん?」

「ならへん!! 余計なこと考えんと勉強し!!」


 下心が見え見えの珠樹を再び叱りつけつつも、化奈は彼と手をつないで一族の待つ場所へと帰っていった。

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