215 心の中を覗きたい
「今日は来てくれてありがとうございます。今から展示場を軽く覗いて、それから映画を見に行きましょう。お昼ご飯もご一緒していいですか?」
「私はぜひお願いしたいですけど、剖良さんはここにいなくて大丈夫なんですか? 弓道部の出店の当番があるんじゃ……」
剖良は昼から大学祭を抜け出せると話していたが、そのことは確認しておきたかった。
「私はもう3回生なので午前中出てれば後は自由なんです。夜にはここに戻りますけどそれまでは大丈夫ですよ」
「そうなんですね。では短い間ですがよろしくお願いします!」
元気よく言ってぺこりと頭を下げると、剖良は微笑んで会釈をしてくれた。
競技場外縁の廊下を歩きつつ、真琴は剖良と久々の会話を楽しんでいた。
「競技場には展示場が置かれてて、美術部とか写真部の作品が見られるんです。友達も作品を出しているので真琴さんと一緒に見たいと思って」
「なるほど、文化部も大学祭でアピールできるんですね。私もぜひ見てみたいです」
短い廊下を通り抜けて競技場に入ると、広々とした屋内の一角には確かに様々な絵画や写真の展示スペースが設けられていた。
剖良と一緒に近くまで歩こうとした真琴に、剖良は左手でその歩みを制止した。
「どうしたんですか?」
「すみません、ちょっと知り合いが……」
2人の目線の向こうにはこの大学の学生らしい男女の姿があって、標準的な体格の男子学生に向かって綺麗なボブカットの女子学生が何かを熱心に語っていた。
「でねでね、この写真はマウスの膵臓を色んな抗体で染めてみたやつで、やっぱり外分泌部と内分泌部でははっきり染色性に差が出るんだよ。この写真なんて新しい論文の題材になるぐらいで……」
「は、ははは……」
ここからでは何の話をしているのかは分からないが女子学生の熱弁に男子学生は困り果てており、思考を停止させて愛想笑いを返しているのは見て取れた。
「少し話してくるので外で待っていて貰えませんか? その、彼らには、ちょっと……」
「OKです。来てよくなったら教えてくださいね」
話している2人には見知らぬ女子大生と一緒にいる所を見られたくないのだろうと察し、真琴は笑顔でそう答えて競技場の入り口まで戻っていった。
彼らから絶対に見えない場所から様子を伺っていると、剖良が2人に話しかけている姿が見えた。
何を話しているのかはもちろん分からないが剖良は女子学生に会話を切り出しつつ男子学生をその場から逃がし、それからは同じ写真を見ながら会話に興じていた。
相手の女子学生は普通の友達に接する感じで話しているが剖良は嬉しそうに話しながらもどこか恥ずかしそうにしており、この態度こそが恋する乙女のそれだと真琴は理解した。
あの女子学生が剖良の言っていた失恋の相手なのかそれとも新しく恋をした相手なのかは分からないが、剖良の愛情は自分よりも彼女に向いているということは真琴にも分かった。
それからしばらくして剖良は戻ってきて、申し訳なさそうな表情で真琴に話しかけた。
「ごめんなさい、遅くなってしまって。お昼ご飯の時間もあるのでこのまま大学を出てもいいですか?」
「全然いいですよ。こちらこそ気を遣わせてしまってすみません」
剖良には絶対に自分の感情を悟られまいと決めて、真琴はつとめて笑顔でそう答えた。
それから2人で大学を出て、JR皆月駅を越えた所にあるイタリアン料理店で昼食を食べてから映画館に足を運んだ。
剖良が選んでくれた洋画は近世イギリスを舞台にした悲劇的なラブロマンス映画で、クライマックスのシーンに入った所で剖良は椅子に座ったまま真琴の手を握ってくれた。
温かいその手を握り返しつつ、真琴は彼女があの女子学生に抱いている思いがどれほどのものなのかを知りたいと感じた。
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