192 夜の危険信号

 ポケットから定期入れを取り出し、再度プレイするためにユーザー専用のICカードを抜き取った剖良はまたしても考え事で頭が一杯になった。


 夜のゲーセンで遊んでいる自分自身の姿がひどく哀れに思えて両目からはいつの間にか涙がにじんでいた。


 理子への思いを忘れてアーケードゲームに没頭しているはずが、どうしても彼女のことを考えてしまう。


 誰も悪いことはしていないのに、誰が損をしている訳でもないのに、自分自身は毎日が辛くて仕方がない。


 悲しさと悔しさと困惑が入り混じった感情に脳内を支配され、剖良は筐体の前に立って涙を流していた。



「……ちょっと君、大丈夫?」


 後方から聞こえた声に振り返ると、そこにはラフな私服姿の2人の若い男性が立っていた。


 はっとして相手の顔を見ると剃り込みの入った髪型でがっちりとした体型の男性は安心した表情をした。


「な、何ですか?」

「いや、チュニズムの前で泣いてるから何かショックなことでもあったのかなと思って。僕らで良ければ話聞こうか?」


 筐体の前で泣いている姿が他の客に見られていたと知り、剖良は恥ずかしさで顔を赤らめた。


「別に、何でもないんです。どうぞ遊んでてください」

「まーまー、俺らも女の子が辛い思いをしてるのは心配でさあ。2人でおごるからちょっとその辺でデザートでも食べない? あ、俺ら全然怪しい者じゃないから! 克明館大学国際教養学部の3回生でーす」


 剖良に対していわゆるナンパというものをしに来た男性2人は大学生らしく、それぞれポケットから学生証を取り出すと剖良に見せてきた。


 真面目そうな方の男性もダメージジーンズ姿で長髪の男性も克明館大学の学生であることは間違いないらしく不良とか半グレと呼ばれる危険人物ではないようだが、こういう経験が乏しい剖良はナンパへの対応に苦慮していた。



「いえ、別にいいんです。……私、男性に興味ないんで」

「お? お? もしかして君レズってやつなの? そんな冗談言わなくても俺ら全然怖くないよ!」

「おい人前でレズとか言うなよ、失礼じゃないか。すみません、こいつ態度がなってなくて。でもコーヒーだけでもどうかな?」


 積極的に誘ってくる軟派な男性を真面目そうな男性がたしなめていたが彼も剖良を食事に誘いたいという思いは一緒らしかった。


 2人は剖良の発言を言葉の弾みと受け取ったようだが人前でレズという言葉を馬鹿にした感じで口にされ、剖良は悔しさを感じて黙り込んだ。



 その時。



「さっちゃん、さっちゃん! ごめん、待たせたね」


 男性2人の後方から走ってきた人影に視線を向けると、



「ヤッ君……?」

「待ち合わせしてたのに遅れちゃって本当にごめんね。かわいい彼女を夜のゲーセンで待たせるなんてボクは彼氏失格だ」


 その人は紛れもなく男友達である薬師寺龍之介で、彼は大声で剖良のことを彼女と呼んだ。



「何だ、彼氏いたのかよー。にしてもジェンダーレスな感じだな」

「すみません、せっかくのナンパを無駄にさせちゃって。この子、ボクと同じ大学の彼女なんです。待ち合わせしてたので連れていきますね」

「こちらこそ恋人のいる女性に声をかけてしまって申し訳ないです。どうぞどうぞ、2人で楽しんできてください」


 軟派な男性は中性的な龍之介の姿を見て興味深そうにしていて、真面目そうな男性は剖良をナンパしたことを龍之介に詫びていた。



「じゃ、行こっかさっちゃん。お2人ともまたヴィヴァーチェで会ったらよろしくです!」

「ヤッ君……」


 龍之介は右手で力強く剖良の左手を握るとそのまま剖良の手を引いてゲーセンの出入口へと歩き始めた。


 男性2人は龍之介に向けてよろしくー、と明るく返事を投げかけ龍之介は何度か振り返りつつ手を振っていた。



 引きずられるようにして歩きながら、剖良は自分が彼にピンチを救われたということをようやく理解した。

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