191 思い出は悲しみ深く
畿内医科大学のキャンパスが所在する大阪府
どちらも大規模な駅であり、大阪市・京都市・神戸・宝塚といった近畿圏内の主要な都市から1時間以内にアクセスできる皆月市は大阪府内でも特に栄えている郊外の中核市だった。
阪急皆月市駅から梅田方面に特急または準急で1駅進むとそこには阪急
如月市には阪急とJRに加えて大阪モノレールの駅があり
皆月市も如月市も阪急の駅の周辺には商業施設が集まっており、下宿生など駅の周辺で生活している大学生は基本的に2つの市を行き来する必要はない。
畿内医科大学は阪急皆月市駅から直結であるためその事情は実家から通っている学生も同様だが中には阪急皆月市駅周辺には多くても阪急如月市駅周辺には少ない、あるいはその逆の施設もありそういった施設を訪れるために2つの駅を行き来する学生もいる。
ゲームセンターはその最たる例で、阪急皆月市駅周辺にはまともに遊べるゲームセンターが1つもない一方で阪急如月市駅周辺には複数の大規模なゲームセンターが存在しており、畿内医大の学生の中には授業の合間などに1駅移動してアーケードゲームを楽しむ者も多かった。
2019年10月21日、月曜日。時刻は夜の21時頃。
放課後の学生研究を終えた解川剖良は友達と勉強会をすると両親に嘘をついて阪急如月市駅近くのゲームセンター「ヴィヴァーチェ」に来ていた。
駅から直結の定食屋チェーン店で夕食を済ませた剖良は音楽ゲーム「チューニング・ズーム」の
最近は恋愛がらみのストレスもあって一人遊びをする頻度が増えているがこの音ゲーは高校生の頃から遊んでいて、ヴィヴァーチェを訪れたのもこれが初めてという訳ではなかった。
両親からは夜の街を出歩かないよう厳命されているが今月は後輩である白神塔也の研修を指導していることもあってゲームセンターに行く暇がなく、今日は人生で初めて夜のゲームセンターに遊びに来たのだった。
軽音楽のキーボードをイメージさせるデザインの「チューニング・ズーム」を一心不乱に遊びつつ、剖良はこの前の土曜日のことを思い返していた。
理子と龍之介、微人という研究医生の友人3名と約束していたカラオケに行く直前、剖良は理子が彼氏である柳沢と楽しそうに話しているのを見て気が動転してしまい講義実習棟の裏に座り込んで泣き出してしまった。
今月は迷惑をかけてばかりの塔也はいつも通り剖良に優しく接してくれたが、精神的に不安定な自分を研究棟1階まで連れて行ってくれた塔也に剖良は背後から抱きついて泣いてしまった。
後輩の優しさに甘えての行動だったとはいえ塔也には恵理という恋人がいる以上、親しい異性の先輩である自分が塔也に抱きつく行為には問題しかない。
塔也は剖良がレズビアンであるということを理解してくれているがその現場が誰かに目撃されていないとも限らず、万が一塔也と恵理との関係が
理子が柳沢と付き合い始めたのは誰に責められるべきことでもないし、大学生にもなれば自分の機嫌は自分で取っていくしかない。
思い返せば1回生の12月、理子に彼氏がいるという噂を聞いた剖良が自室に引きこもってしまった時、理子は自ら剖良の実家を訪ねてきてくれた。
「……私たちもう大学生なんだよ? 理由も言わずにふてくされて部屋に引きこもっていいのは高校生までなの!」
速足で2階に上がり剖良の部屋のドアを必死に叩きながら訴えた理子の言葉を、剖良は今も忘れていない。
だからこそ塔也に対する今月の自分の態度には反省すべき点しかないし、何度他人に迷惑をかけても同じ失敗を繰り返してしまうような人間だから自分は恋愛が上手くいかないのかも知れない。
理子への思いやマッチングアプリのことは一旦忘れ、ストレスがたまった時はゲーセンで発散した方がまだ健全なのではないかと考えて剖良は夜にこのゲームセンターを訪れたのだった。
『最高スコア更新だよ! おめでとう!!』
「チューニング・ズーム」のマスコットキャラクターであるデフォルメされたウグイスの祝福メッセージを聞き、SSランクという表示を確認する。
自分も理子も2回生までの大学の成績はほとんど優か秀、出席率はどの科目も90%以上を意味する「S」評価だった。
あまり成績のよくない微人は自分たち2人のことをSSコンビと評したことがあり、あの時は理子とお揃いという気がしてとても嬉しかった。
『プレイヤーランクが上がりましたよ。新しいコスチュームを購入できます』
「チューニング・ズーム」ではプレイ回数・日数やスコアに応じてポイントが加算され、1プレイの最後にはポイントを消費してアバター用のコスチュームを購入できる。
女子校出身で恋人がいたこともない剖良はファッションに関してあまり詳しくなく、予備校生の頃から理子には流行の衣服やメイクについて教わっていた。
浪人中の夏休み、夏期講習の予定がない日に剖良は理子と神戸のファッション街まで買い物に行き、理子は剖良に似合う洋服をいくつも選んでくれた。
持っていた小遣いの関係から全てを買うことはできなかったがその時に買った洋服は今でも剖良の宝物で、年月が経ってくたびれてきた今でも時折着て出かけている。
『プレイ回数が200回を突破しました! 特典として11回チケットを今なら半額の500円で購入できます!!』
「チューニング・ズーム」のプレイ料金は1回100円だが11回遊べるチケットを1000円で買うこともでき、しかも今はプレイ回数に応じた特典として半額で購入できるという。
2回生の冬休みに理子と映画館に行った時、クリスマスキャンペーンとしてカップル客はドリンクとポップコーンのペアセットを割安で買える機会があった。
買いたいけれど女友達同士なので無理だと諦めていた剖良に対し理子は自分から店員にペアセットを買いたいと申し出て、店員も笑顔で購入を受け付けてくれた。
理子は安く買えて得したねと無邪気に喜んでいたが、映画を見ながら彼女と共有のポップコーンを食べた剖良はまるで本物の恋人同士のようだと胸を高鳴らせていた。
『今日は遊んでくれてありがとう! ご好評につき現在、新規ユーザー紹介キャンペーンを実施中です!!』
100円玉5枚を投入して11回チケットを購入すると1プレイは終了となり、最後にマスコットキャラクターのウグイスがキャンペーンの開催をアナウンスした。
理子は音楽鑑賞が趣味だがテレビゲームも含めてゲームを遊んだ経験はほとんどないらしく、剖良からゲーセンに行こうと誘ったこともなかった。
昔なら付き合いで来てくれたかも知れないが、彼氏のいる身になった理子を今更誘っても仕方がないだろう。
自分が1人寂しくアーケードゲームをプレイしている間にも理子は柳沢とメッセージアプリで話したりデートをしたりしているのだろうか。
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