171 気分は歯科大学
そうしてやって来た9月28日土曜日、僕は昼の12時に京阪本線の
大学に入学して以来ほとんど行ったことがなかった京都方面に電車で移動したため何度か乗り換えに失敗しそうになったが、畿内歯科大の最寄り駅まで着くとマレー先輩の姿はすぐに見つかった。
「お疲れ様です。先輩、その格好は……」
「ああこれか。せっかく最前列の席を用意して貰えたからお洒落しようと思ったんだが、よく考えるとろくな服を持ってなくてな」
いつもの巨大なスポーツバッグを肩に掛けたマレー先輩は初めて見るスーツ姿で、これは先輩なりのお洒落だったらしい。
「実は昼食まだなんだけど白神君はどうだ?」
「えーと、僕もまだ食べてないです」
「そうかそうか。美波の出番まであと1時間あるから出店で何か買わないか? 金は俺が出すから何でも買ってくれていいぞ」
「いつも本当にありがとうございます……」
招待されて来た立場ではあるが、今日も食事をおごって貰えるのは非常に嬉しかった。
それからマレー先輩に誘導され、僕は人生で初めて畿内歯科大の歯学部キャンパスに足を踏み入れた。
単科大学の歯学部というからには大学祭は畿内医大よりもさらに小規模なのではと予想していたが畿内歯科大は歯学部と保健学部を合わせて1学年が250名近くいるらしく、実際には畿内医大の大学祭より若干大規模だった。
出店で買って貰った焼きそばとイカ焼きで空腹を満たしペットボトルのお茶を飲みつつ、僕はマレー先輩と歯学部の校舎の裏で話していた。
「ところで先輩、失礼な言い方になったら申し訳ないんですけど美波さん何かあったんですか?」
「まあ白神君からすれば美波は人が変わったように見えるだろうし、俺もそう思ってる。美波が俺のスマホから監視アプリをアンインストールしてくれたり俺からしばらく連絡がなくてもメッセージを連打したりしなくなったのは突然のことで、俺も最初は逆に心配になった。健全な関係になれたのはもちろん嬉しいけどな」
ストーカー一歩手前だった美波さんが病的な行動を取らなくなったのは事実らしく、マレー先輩は嬉しさと不可思議さとが混じったような表情でそう言った。
「やっぱりそうだったんですね。あの、先輩は本当に何も心当たりないんですか? 7月にお話しした時に美波さんとの関係を修復する方法を思いついたって仰ってましたけど」
7月末にしゃぶしゃぶ店で話した際に先輩は美波さんとの関係を修復するための学生結婚以上に有効な手段を思いついたと言っていたので、僕はそれが何なのか気になっていた。
「うーん、正直話しにくいけどもうしばらくで発覚すると思うから白神君には伝えておこう。実はあれから……」
『ご来場の皆様にお知らせです。これより中庭のホールで軽音楽部によるライブコンサートが行われます。チケットをお持ちのお客様から先にご案内致しますので、お早めに中庭までおいでください』
マレー先輩が重要な話題を切り出そうとした所で大学祭のプログラムを伝えるアナウンスがキャンパス内に響き渡った。
アナウンスは若い女性の声で、後で聞いた所によると大学祭実行委員会に所属する女子学生が担当していたらしい。
「おっと、そろそろ美波の出番らしいからその話はまた後で。中庭に行く前にペットボトルを捨てに行こう」
「分かりました!」
それから2人で所定のごみ箱にペットボトルを捨てると僕はマレー先輩に連れられて中庭のステージまで歩いた。
先輩が事前に販売されていたらしいチケットを係員の学生に2枚提示すると、僕らは直方体のブロックが並べられた客席の最前列に案内された。
後方には畿内歯科大の学生を中心として大勢の若者が集まっており、ざっと見て150名以上はいるのではないかと思われた。
畿内医大の大学祭よりは大規模といっても単科大学の大学祭にこれほどの人数が集まるのは大したことで、もしかすると美波さん目当ての客もいるのかも知れないと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます