161 気分は他大学の人々
10分間の最後までミーティングは大いに盛り上がり、僕は呉さんや他の学生の意見から新たに考えた内容をプリントの裏面に書いた。
その後は佐川先生から2枚目のプリントが配られ、今度は「医学部医学科と他の学部・学科とが共同で研究を行うに当たり注意すべきことは何か」という若干難しめのテーマを話し合うことになった。
やはり呉さんがいい感じの意見を提示してくれてミーティングはスムーズに進行し、2回目の意見交換が終わると佐川先生が総評を述べ始めた。
「いやー、こんなにお手本みたいなミーティングを見たのは初めてだよ。呉君は2回とも面白いアイディアを話してくれたし、皆もそれを受けて意見交換を盛り上げてくれた。明日の朝も別のミーティングをやるから期待しておくね」
「ありがとうございます!」
加山さんがそう返事すると佐川先生は後方の座席に戻り、その後は再び登壇した塚本学長の総評を聞かされてから学生たちは昼食会場であるホテル1階のレストランへと移動した。
レストランには非常に長いテーブルがいくつも並べられ、それぞれの席には高級そうな和食が並べられていた。
僕の席はテーブルの端で向かい側には呉さんが、その隣には加山さんが座っていた。
塚本学長の合図で食事が始まると、僕は驚くほど美味しいお味噌汁や
「お疲れ様です。僕は2回生から研究医養成コースに転入したのでまだどこの教室の所属でもないんですけど、呉さんと加山さんはどこの教室に所属されてるんですか?」
「オレは実を言うと研究医養成コースには所属してなくて、公衆衛生学教室の単なる学生研究員なんです。公衆衛生学教室から1人は参加させたいってことで今回は特別に参加させて貰えました」
「へえー、そうなんだー。私は1回生の後半からずっと生理学教室で学生研究やってて、卒後も教員になることになってます」
呉さんと加山さんはどちらも学生研究を行っているが、入学時から研究医養成コースに所属している加山さんに対して呉さんは2回生から公衆衛生学教室で学生研究を始めただけで研究医養成コースには所属していないらしい。
「私は生理学の中でもヒトやマウスの神経に関する研究をやってるんですけど、呉君はどんな研究をしてるの?」
加山さんの質問に対して呉さんはコップのお茶を一杯飲むと自分の研究について話し始めた。
「オレは公衆衛生学の中でも政治や社会に関連の強いテーマを研究してます。医学は理系の学問でも政治や社会と深く関わっていますが日本の研究医には政治や社会に関心が薄い人が多いので、じゃあオレがやってみようかなと。これ言うと笑われがちですけど、実は将来は政治家になりたいんです」
「それは凄いですね。もしかして呉さんは身内に政治家の方がいらっしゃるんですか?」
「ははは、まあそんな所です」
僕が興味津々で聞くと呉さんは苦笑しながら答えた。
日本では医師免許を持ちながら政治家の道に進む人は多くないが畿内医大出身の医師であった内山一郎氏は大阪府議から国会議員、そして内閣の外務大臣にまで上り詰め、畿内医大には彼の名を冠した「内山国際事務局」という国際交流機関まで存在している。
呉さんは政治家になるための修行の一貫として公衆衛生学教室で医学と政治・社会との関連を研究しているらしく、卒後に教員にならないとはいえ自分なりの目的をもって学生研究に臨んでいる姿勢は見習いたいと思った。
それからは2人から僕が研究医養成コースに転入した理由を聞かれ、僕は父の借金が死後に判明して退学の危機に陥ったということをなるべく茶化して説明した。
その後に各教室で研修を受けて現在は病理学教室に最も興味を持っているということを話すと、2人とも興味深い様子で話を聞いてくれた。
加山さんによると(6年間の学費が400万円~500万円と安い)公立大学である紀州医大の研究医養成コースには学費減免制度はなく、学費減免を目的に研究医養成コースで入学する学生はいないらしい。
また、呉さんによると京阪医大の研究医養成コースでは学費減免は6年間で500万円程度であり、学費の半額に相当する約1500万円を減免してくれる畿内医大は相当恵まれているとのことだった。
楽しく会話しつつの昼食が終わると舞台はポスター発表に移り、一旦グループが解散されて学生たちはそれぞれ自由にポスター発表を見て回ることになった。
再びホテル2階のホールに入るとそこには室内をぐるりと取り囲むように置かれた壁際の展示台のそれぞれに巨大なポスターが貼られており、ヤミ子先輩、剖良先輩、ヤッ君先輩、マレー先輩といった見知った顔が発表の準備を始めていた。
少なくとも先輩方4名と呉さん、加山さんの発表は見に行こうと考えつつ僕はホールの中を歩いていった。
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