160 気分は研究医ミーティング
「皆様おはようございます。私は
大阪港湾コズミックホテル2階のホールに合宿参加者全員が集められ、今は合宿の主催校である京阪医科大学の学長が開会の挨拶を行っていた。
学生たちは大学ごとではなく各大学から1名または2名が集まった合計7~8名のグループに分かれて島状に並べられたテーブルの座席に座り、各大学の教職員(医学部教員および教務課の職員さん)は後方に並んだ座席から学生たちを見守っている。
そもそも研究医養成コース合宿は京阪医科大学の発案により、近畿圏で研究医養成コースに該当する制度を設けている5つの医科大学(一部は総合大学の医学部)の研究医生が交流するイベントとして設けられたものだ。
現在参加しているのは畿内医科大学、京阪医科大学、
事前に配られた参加者名簿によると主催校である京阪医科大学と研究医養成コースが人気の西宮医科大学からはそれぞれ15名ほどの学生が参加しており、畿内医科大学からは2回生~5回生までの10名の学生が参加している。
神山大学医学部からは若干少ない6名の学生が参加していて、紀州医科大学から参加しているのはたったの3名と小規模だった。
僕が配置されたグループには畿内医大の学生は僕1人で、その他は京阪医大から朝に出会った呉さんと2回生の女子が、西宮医大からどちらも3回生の男子2名が、神山大学医学部から2回生の男子が、紀州医大から4回生の女子がそれぞれ参加していた。
全員着席してすぐに開会式が始まったのでまだお互い挨拶しただけだがこれからグループミーティングなど相互に話すイベントがあり、食事のテーブルもこのグループごとに分けられるらしいのでできる限り仲良くしたいと思った。
「……それでは、これよりアイスブレイキングも兼ねまして学生の皆様にはグループごとに課題に基づいたミーティングを行って頂きます。各大学の教員が同席致しますので質問などあればぜひお声がけをお願いします。お互いに協力し、2日間の合宿を実りあるものに致しましょう」
塚本学長が挨拶を締め括ると後方の座席で待機していた教員の一部が立ち上がり、各グループのテーブルに1人ずつ歩いてきた。
僕のいるテーブルには30代後半ぐらいに見える男性教員が訪れてそのまま教員用の席に座った。
いつもの白衣姿あるいはスーツ姿と異なり私服を着ていたので分からなかったがその人は3月にもお世話になった畿内医大の解剖学教室講師の佐川先生であり、僕はそのことに気づいて慌てて頭を下げた。
「どうも、このグループのお目付け役の佐川です。畿内医大の解剖学教室の講師で、そこにいる白神君とは知り合いです。この合宿には何度か来たことがあるので何でも聞いてください。ではミーティングの課題を発表します」
呉さんを含む他の6名の学生も佐川先生に会釈し、先生はプリントを配りながらミーティングの課題を説明した。
ミーティングの課題は「現代日本における研究医の不足を解決する方策には何があるか」というもので、研究医合宿で学生たちが考えるテーマとしてはオーソドックスなものだと思った。
まずは10分間かけてそれぞれがアイディアをプリントの表面に書き込み、その後の10分間でお互いに意見交換をしてその結果として新たに思いついたり意見が変わったりすれば最後の10分間でそれをプリントの裏面に書き込むという方式らしい。
今の時点で時刻は既に10時を過ぎており昼食を挟んで午後には合宿のメインイベントであるポスター発表が待ち受けているので、ミーティング自体は上記の流れを2回繰り返して終わるとのことだった。
3分ほど考えた上で僕なりのアイディアをプリントの表面に書き込んでいると同じテーブルの学生6名も同様に真剣な表情でシャーペンを握っていた。
10分間はあっという間に経過し、佐川先生の合図で僕を含む学生7名はお互いに意見を交換し始めた。
まず最初に紀州医大の4回生女子(加山さんというらしい)が口を開いた。
「学年が一番上なので私から意見を発表させて貰いますね。私は研究医が不足しているのは医学生が医学研究の魅力を理解できる場が不足しているからだと思います。最近では教養科目どころか基礎医学の教育も削減して臨床医学の授業を前倒しする大学が少なくないですが、日本の医学部はもっと基礎医学の講義や実習を増やすべきだと思います」
無難な意見ではあるが流石は4回生というべきか口調ははきはきとしていて聞き取りやすく、意見交換のオープニングにはちょうど良い内容だった。
僕も同じような方向性のアイディアを考えていたので続けて発言することにした。
「僕も加山さんの意見に賛成です。研究医養成コースの設置は確かに研究医の不足に対して有効ですが、今の時点では定員が少ないので一般の学生も気軽に研究医養成コースに移れるようにすべきだと思います。そのためにはコースの拡充はもちろんですが、基礎医学の講義や実習を増やして医学生が医学研究の魅力を知ることのできる環境を整えることも重要だと思います」
それから神山大学の2回生男子2名も自分の意見を述べてミーティングは段々盛り上がってきた。
ミーティング開始から5分ほどが経過した所で、腕を組んで皆の意見を聞いていた呉さんが口を開いた。
「なるほど、皆さんの意見は大変もっともな話で医学生に対して医学研究に興味を持って貰うにはどれも有効だと思います。ただ、医学生が研究医としてのキャリア形成を敬遠しがちなのにはもっと露骨な理由があると思うんです」
呉さんは他の学生の意見を否定せず、それでいて新しい視点を提示しようとしていた。
「つまるところ、現代日本の医学生の多くは研究医の収入が臨床医に比べて低いという所にデメリットを感じているんです。病理学や微生物学の研究医はアルバイトでかなり稼げますが、それ以外は確かに儲ける手段が限られてきますからね。そうであれば研究医の給与を増やす、あるいは研究医養成コースでの学費減免をもっと大幅にするという方策が有用なのではないでしょうか。以上、長くなってしまい申し訳ないです」
僕も含めてこれまで出てきた意見には経済的な視点が抜け落ちており、呉さんの話したアイディアはミーティングの流れを上手く補っていた。
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