158 気分は全員集合

 2つのカバンを持ってカナやんの後に付いていくと、ホテル内のロビーには見慣れた人影が何人も集まっていた。


「あれっ白神君。でっかい荷物抱えて大変だったねー」


 小さめのトランクを右手で引いているボブカットの女の子は言うまでもなく病理学教室の山井やまい理子りこ先輩、通称ヤミ子先輩。


 先月はずっとお世話になっており、気さくな性格でありながら実は魔性の女性だがこの前から医学部2回生の柳沢君と付き合い始めたという。


「このホテルはWi‐Fi飛んでるらしいけどパソコンでも持ってきたの? 使うことがあるか分からないけど……」


 ヤミ子先輩と同じようなトランクを持ってきている女の子はいつも通り長い髪を太めのポニーテールにまとめていて、彼女は解剖学教室の解川ときがわ剖良さくら先輩、通称さっちゃん。


 クールビューティーであり同級生はもちろん他学年の男子にも非常に人気が高い高嶺の花だが予備校時代からの親友であるヤミ子先輩に思いを寄せており、若干入れ込み過ぎている節もあるので心配は尽きない。



「せっかくの合宿やしパーティーグッズでも持ってきてくれてるんやないですか? 白神君、何が入ってるか教えてもろてもええ?」


 僕をここまで案内してくれた同級生の生島いくしま化奈かなさん、通称カナやんは生化学教室の研究医養成コース生であり後方で1本にまとめている茶髪のセミロングヘアと小柄でスレンダーな体型が特徴的。


 カナやんは4月の研修での付き合いをきっかけに僕のことを異性として気に入ってくれていたようなのだが僕自身は彼女の気持ちに無頓着なままで過ごしてしまい、これまで色々と申し訳ないことをしてしまった。


「大したものは入ってないけどノートパソコンとタブレットと充電器は持ってきてるよ。充電器の予備も持ってきてるからそれで重くなっちゃった」

「へえ、充電器ねえ。別にごまかさなくたって合宿なんだからちょっとぐらい変なものを持ってきても悪くないわよ」


 巨大な手提げカバンの中身を気にする女性陣にそう答えると、派手な色合いのワンピースに身を包んだ黒髪ロングヘアの女の子が腕を組んで言った。



「壬生川さん、今日はハレの日の格好なんだね」

「合宿っていっても真面目なイベントだから迷ったけど、どうせならお洒落したくって。別にあんたのためじゃないからね」


 彼女はそう言って僕から顔を背けたがこの態度からすると派手な格好は僕へのアピールも兼ねているのだろう。


 スタイル抜群の分かりやすい美人でいかにもゴージャスなお嬢様といった装いの彼女は壬生川にゅうがわ恵理えりさんといって、僕の同級生にして生理学教室の研究医養成コース生。ファンネルというあだ名があるものの実際はヤミ子先輩にしかそう呼ばれていない。


 2回生女子でも最上位の人気を誇る彼女は中学卒業まで僕と同じく愛媛県松山市に住んでいたらしく、僕の方は完全に忘れていたが実は松山第一中学校の同級生でもあった。


 そんな彼女は中学生の頃の僕に片思いしていたそうで、2回生に進級してお互いに再び仲良くなってから紆余曲折うよきょくせつあって僕は彼女に交際を申し入れることになった。


 つい数週間前から正式に恋人同士の関係になったが彼女との関係性はこれといって変化しておらず、今の所は特に親しい異性の友達+αという段階ではある。



「いやー、でも恵理ちゃんはやっぱりお洒落してる方がいいと思うよ。せっかく合宿だし久々にお化粧のトークしてもいい?」

「もちろんいいですよ。ヤッ君先輩も今日はばっちり決めてきてるんですね」


 壬生川さんの美しさにファッションセンスの点から注目している小柄な男子は薬理学教室の薬師寺やくしじ龍之介りゅうのすけ先輩、通称ヤッ君先輩。


 すべすべとした白い肌に綺麗に整えられた茶髪、そして何よりもイケメンというよりかわいいという表現が似合う童顔が特徴的なヤッ君先輩は外見に似合わず非常に男らしい人で、中高で隠れ不良をやっていたせいもあって恐ろしく喧嘩に強い。


 畿内医大の大学祭を荒らしていた不良高校生グループを暴力で退散させたり中高の親友を美人局つつもたせで脅迫していたチンピラに身体を張って手を引かせたりとあらゆる意味で男らしさと勇気に溢れた先輩は、恋愛に関してはとても一途な人だった。


 高校生の頃から同性の親友を愛していた先輩は美人局事件の解決をきっかけとして彼にはっきりと告白したが受け入れられず、あれからひどく落ち込んでいないかは後輩として気にかかっていた。


「ありがたいことに部屋割りは俺とヤッ君と白神君の3人で同室だ。今日の夜は男同士ワイワイ盛り上がろうじゃないか」

「いいよいいよー、ボクも合宿は久々だから楽しみ」


 事前に配布されていた部屋割り表の内容を述べつつ旅行用らしい巨大なリュックサックを傍らに置いたマレー先輩の言葉に、ヤッ君先輩は笑顔でそう答えた。


 マレー先輩は文芸研究会、ヤッ君先輩は東医研と2人ともゆるめの文化部にしか所属していないので合宿というものに行く機会はあまりないのかも知れない。



 3月からこれまで半年以上に渡って基礎医学教室で研修を受けてそれぞれの教室の研究医養成コース生合計6名にお世話になってきたが、よく考えると6名が全員集合している光景を見るのは初めてだった。


 病理学教室で毎月開催されている論文抄読会にはこの6名全員が参加しているもののスケジュールの都合で全員が出席したことはなく、今回は合宿をきっかけに僕の知る限りでは初めて全員集合が実現したことになる。

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