157 気分はコズミックキューブ

 そうこうするうちに9月14日の研究医合宿1日目が到来し、僕は朝9時の集合時間に間に合うよう宿泊用の荷物を持って下宿を出た。


 阪急皆月市駅から電車に乗って大阪メトロの堺筋本町さかいすじほんまちまで行き、目的地であるコズミックキューブ駅に向かう地下鉄に乗り換える。


 下宿を出てからちょうど1時間ほどで僕は合宿会場の最寄り駅に降り立っていた。



 大阪メトロ中央線コズミックキューブ駅の周辺はいわゆるベッドタウンであり、土曜日の朝という時間帯のせいもあるが駅の周辺に人影はまばらだった。


 その一方でこの駅の近辺にはモーターショーやロックフェスの開催場所として有名な国際展示場「エクスプローラー大阪」があり、電車に乗りさえすれば大阪市内の観光地まですぐに行けるのでイベントの際は観光客でにぎわう地域でもあるらしい。


 合宿の会場となる大阪港湾こうわんコズミックホテルはここから歩いて10分ほどの場所にあるらしく、エクスプローラー大阪で何もイベントがない時期は予約を取りやすいことから企業の研修や学校・予備校の合宿の会場としてよく利用されるという。



 スマホの地図アプリを見ながら閑散とした市街地を歩いていると巨大なトランクを引いている若い男性が向こうから歩いてきた。


 特に何も考えず通り過ぎようとすると、その男性は突然話しかけてきた。


「あの、すみません。研究医養成コースの合宿に向かわれてます?」

「ええ、そうですけど……?」


 男性は中肉中背といった体格だが全体的に筋肉質で、何かのスポーツをやっているように見えた。


「実はオレも同じなんですけど、さっきから道に迷ってまして。もしよければ一緒に行って貰えませんか?」

「全然いいですよ。あ、僕は畿内医科大学医学部2回生の白神塔也っていいます。よろしくお願いします」


 自分から名乗ると男性も並んで歩きながら自己紹介をしてくれて、彼は京阪医科大学医学部3回生のくれ公祐こうすけさんというらしい。



「呉という字は広島のみなとと同じ名前なんです。あるいは呉服屋のですね」

「なるほど。父が広島出身なんで呉の軍港は聞いたことあります」


 呉さんは僕より1学年上だが大学に現役で入学しているため年齢は1つ下であり、こういう場合の無難なやり方としてお互い敬語で通すことにしていた。


 同じ大学ならば年齢に関わらず学年が下の相手にはため口でいいのだが、流石に大学が異なると簡単に割り切るのは難しい。


「畿内医大っていうと、医学部3回生の薬師寺やくしじ君ってご存じじゃないですか?」

「ええ、ヤッ君先輩なら学生研究でいつもお世話になってますけど、お知り合いですか?」

「はい、ちょっと趣味の方で。彼は今日来るんでしょうか?」

「そのはずです。お会いできたらいいですね」


 無難に合いの手を返すと呉さんは笑顔で頷いた。


 ヤッ君先輩とは付き合いが深い割に趣味についてはあまり知らないなと思っていると、僕と呉さんはホテルの前まで着いていた。


 時計を見ると時刻は8時48分で、僕らの姿を見つけてか入り口前に集まっている学生の中から小柄な影が飛び出してきた。



「おはよ、白神君。とりあえず大学ごとに集まってるねんけど来てもろてもええ?」


 やや薄着のスカートルックに身を包んだその女の子は同級生にして生化学教室所属の研究医生である生島化奈さん、通称カナやんだった。


「おはよう。僕はすぐ行くけど……呉さんも来ます?」

「いえ、薬師寺君とは後で話せますんでオレも自分の大学の方に行きます。よろしく伝えといてください」


 呉さんはそう言うと京阪医大の集まりを探しに行き、僕はカナやんに付いていくことにした。



「白神君、あの人ってよその大学の友達?」

「いや、僕はさっき会ったばかりなんだけどヤッ君先輩の友達なんだって。また後で会いに来るらしいよ」

「そうなんや。別の大学に友達がいたら楽しそうやね」


 畿内医大の参加者はホテル内のロビーに集まっているらしく、僕はいつもの肩掛けカバンに加えて宿泊用具が入った手提げカバンを持ったままカナやんに従って歩いていった。


 これからいよいよ合宿が始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る