145 バクレツ少女前線

 水分補給を終えて先ほどまでいた席に戻ってくると、龍之介の定位置である右端の座席の隣(つまり4台のうち右から2番目)で若い男性がメテオバーサスを遊んでいた。


 相手も100円玉を投入した所らしく、もしかすると店内でマッチングするかも知れないと思いつつ龍之介も元の席に腰かけて再びコインを入れた。


 慣れた手つきで機体選択画面まで進み再び〈センジン〉を選ぶと、店内でマッチング相手が見つかった旨が画面に表示された。


 相手のユーザーネームは「クレナイ」というらしく、龍之介のユーザーネームである「ドラグーン」が青色の文字で表示されているのに対して相手は赤色の文字で表示されている。



 これはつまり龍之介と相手は互いに敵同士の陣営でバトルするということで、2対2のチームバトルに参加する残り2名は日本全国のゲームセンターにある筐体で現在遊んでいるプレイヤーから自動的に選ばれる。


 店内マッチングと全国マッチングが併用されたバトルが地上ステージで始まり、龍之介は自分と僚機、そして敵チームである「クレナイ」とその僚機の機種を確認した。


 お互いの僚機は近年放映されたテレビアニメの主要機体でオンライン対戦でも人気の高いロボットが選ばれていたが「クレナイ」はゼロ年代に制作されたOVAの主役機である〈アサルトランサー〉を選択しており、癖の強いマイナーな機体なので龍之介もゲーム内で姿を見るのは久々だった。


 このゲームに登場するロボットのほとんどは両腕と両足のある人型をしているが〈アサルトランサー〉は四つの脚部に上半身がくっ付いたスタイルであり、移動する際は脚部ユニットのホバークラフトを用いる。


 二足歩行ロボットが戦闘を繰り広げる中でこの機体だけは戦車のような立ち回りをする必要があり、他の機体を操作するノウハウが通用しない点も人気のなさに拍車をかけていた。



 そうして2対2のチームバトルが始まり、マイナー機体が含まれるチームになら楽に勝てるだろうと思っていた龍之介は「クレナイ」が操る異形の機体の前にあっさりと敗北を喫した。


 〈センジン〉と僚機は絶え間ない攻撃と高機動で敵機を追いつめようとしたが〈アサルトランサー〉は他の機体よりも低い全高を活かして攻撃を回避し、隙をついて〈センジン〉の背後に突撃した上で回避のために動く先を読んで脚部ユニットに内蔵されたパイルバンカーを撃ち込んだ。


 入力から射出までのタイムラグが長く中級者以上のプレイヤーにはまず当てられないとされるパイルバンカーを「クレナイ」は巧みな操作で命中させ、気づいた時には僚機もその餌食となっていた。


 久々の敗北に悔しさを感じた龍之介は立て続けに2回コインを投入したが2戦とも隣の席にいる「クレナイ」と再び相まみえることになり、機体を変えてみても結果は同じだった。



 意地になってもう1回100円玉を入れようとした所で、誰かが龍之介の左肩にポンと手を置いた。


「なあ、それぐらいにしとけよ。ドラグーンさん」

「えっ……?」


 状況から何となく察せたが肩に手を置いてきたのは隣に座っている「クレナイ」その人で、龍之介は初めて相手の顔をまともに見た。


 男性はおそらく龍之介と同じぐらいの年齢で、体格は中肉中背といった所だが半袖シャツから覗く両腕は引き締まっており何かのスポーツをやっているように見受けられた。


 自衛官のようなヘアスタイルと鍛えられた身体に似つかわしくないほど肌は白く、髭や体毛らしきものはほとんど見られない。


 男らしさと男らしくなさが同居したような彼の姿を見て龍之介は息を呑んだ。



「実は前にも君が遊んでるのを見たことがあるんだが、君は多分オレに勝てない。何回やったって金が無駄になるだけだぜ」

「そんなこと言ったってやってみなきゃ分かんないでしょ。……面白くないなら店内マッチングの設定切ろうか?」


 龍之介は目の前にいる「クレナイ」に対抗心を燃やしているが、相手は龍之介との対戦に飽きている可能性もあると考えてそう提案してみた。


「面白くないことはないけど、実は他に紹介したいゲームがあるんだ。せっかくの縁だから今から一緒に遊んでくれないか? プレイ人口増やさないとこの店から撤去されるかも知れなくてさ」

「他のゲーム?」


 お互い名乗ってもいない段階で今から別のゲームをやろうと提案され、龍之介は驚いた。


「すぐそこだから、まあ遊んでみようぜ。昔からあるシリーズだけど爆裂ファイターって知ってるか?」

「えーと、確か家庭用機のは遊んだことがあるかな……」


 「クレナイ」と話しながらメテオバーサスの筐体を離れ、龍之介は彼に追従して別のゲームの筐体の前まで歩いた。


 そこには縦長の筐体が4台並べられ、それぞれの筐体の上部には「バクレツ少女前線」というタイトルが印字されていた。



「これ何?」

「さっき言ってた爆裂ファイターのアーケード版。単にアーケード用にしただけじゃなくて4対4のチームバトルを売りにして、しかもプレイヤーキャラは全員美少女になってる。美少女キャラが好きかどうかは人によるけど、純粋にゲームとして面白いんだよ。今はまだ魅力が知られてないけどな」


 龍之介は性的指向の関係上美少女キャラクターにはあまり興味がなかったが、「クレナイ」が好んでいるアーケードゲームならば面白いのではないかと直感した。


「最初の100円は俺が払うから、ちょっと一緒にやってみないか? 面白くなかったらそれでやめてくれていい」

「うん、ボクもやってみたい。じゃあ失礼します」


 そう言って「クレナイ」から100円玉を受け取り、龍之介は「バクレツ少女前線」を人生で初めてプレイした。



 最初から使える4人のキャラクターはどれもアニメ的な美少女で、4人中3人はナイスバディで露出の多い衣服を身にまとっていた。


 龍之介はその点には特に注目しなかったが初心者にオススメと書かれている初期選択キャラクターを選ぶことにして、チュートリアルを1回遊んでから早速全国対戦に出場した。


 最初の何回かはコンピュータの操作する相手としかマッチングしないらしく、「クレナイ」が隣の筐体から友軍としてサポートしてくれたこともあって龍之介は最初の3回のプレイですべて勝利することができた。

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