122 八方塞がり
美波が立ち去った後、俺はごみを捨てる方法も考えずにタブレット端末の残骸を両手で拾い集めた。
内蔵されていたSIMカードは無事だったがこの壊れ方では端末本体は修理のしようがない。燃えないごみとして持ち帰るしかないだろう。
破片が指に突き刺さって両手は血まみれになり、しばらくすると白神君が慌てた様子でどこからかプラスチック製の箱を持ってきてくれた。
「先輩! あのっ、とりあえず残骸はここに入れましょう。僕がやっときますから今すぐ止血を!」
「……そうだな。このままだと感染症の危険性もあるな」
「そんな微生物学的なコメントしてる場合じゃないでしょう! お願いですから止血してきてください!」
「ああ、分かった。ありがとう」
そのままトイレに行って両手を水で流し、石鹸で洗ってしばらくすると出血は自然に止まった。
バルコニーに戻ると白神君は箱に集めたタブレット端末の残骸をビニール袋に移してくれていて、俺は袋を受け取ると彼を連れて元いたホール内へと歩いた。
もはや文芸マーケットのことなど頭の片隅にも残っていなかったが、文芸研究会主将としてここに来た以上俺にはイベントを最後まで見届ける義務がある。
「皆、先ほどはすまなかった。彼女とはちゃんと話し合って先に帰って貰ったから、後は俺が呼び込みをやるよ」
「あっ、物部先輩。……ってその怪我は!?」
「ちょっと事故で怪我しただけだし、大した出血じゃないから大丈夫だよ。心配しないでくれ」
「わ、分かりました……」
1回生の佐伯君にそう伝えると島に戻ってきていた三原君も事情を察して黙っていてくれた。
それから17時に文芸マーケットは閉会となり、文芸研究会も部員一同で撤収作業を済ませた。
両手を怪我していることもあって打ち上げ飲み会の開催は土師先輩に任せ、俺はふらふらした足取りで実家に帰った。
出迎えてくれた異母弟の生人にもまともに返事をせずそのまま自室に駆け込んだ俺は、電源を切っていたスマホを起動した。
すぐにメッセージアプリが立ち上がって、そこには美波のアカウントから繰り返しメッセージが届いていた。
>今日は本当にごめん。勝手に心配するばっかりで、まれ君の気持ちを全然考えてなかった。
>もう帰ってきたかな?
>今日じゃなくていいから、また会って話し合いをしたいです。
>お願いだから、また別れるなんて言わないで。
>まれ君のこと、私はずっと大好きだよ。
つい30分前まで届いていたメッセージを眺めて、俺はすぐに返事ができなかった。
世界で一番大切な美波に向かってあんなにひどい言葉をぶつけた自分への嫌悪感で、俺はこのまま自殺したいとさえ思った。
だけど、俺が死んだら美波は悲しむだろう。
自分がどうしようもない状況にあることを悟って、俺は両手の痛みが疼くのを感じながらベッドに寝転んで涙を流していた。
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