98 Mr.マレーのグラム染色レッスン Basic
ハロー、
微生物学GEEKマン、Mr.マレーのグラム染色レッスンだ。
今日は畿内医科大学講義実習棟4階大実習室を舞台にグラム染色の手順と心得を指導していくぞ。
グラム染色とはどういう染色法なのか? グラムって何だ? そもそも何を染めるのか?
まずはこのような疑問に答えてからグラム染色のやり方を丁寧に解説していこう。
解剖学、生化学、病理学といった幅広い分野で用いられるHE染色や免疫染色とは異なり、グラム染色は微生物学以外の基礎医学ではあまり用いられない。
というのはヒトをはじめとする動物の組織を染めるHE染色や免疫染色とは違ってグラム染色は微生物の一種である細菌や一部の真菌を染色するものだからだ。
微生物の中でも極めてサイズが小さいウイルスは原則として直接染色できないから、ウイルスが感染した細胞を染色して間接的に観察する(例:
原虫にはヨード染色など特有の染色法があるし真菌には種によって異なる染色法が存在するから、細菌以外でグラム染色の対象となるのはごく一部の真菌だけだ。その意味ではグラム染色は基本的に細菌を対象とした染色と考えてよいだろう。
余談になるが医学的に回虫やアニサキスなどは
「微生物学」教室という名前だが実際には感染症に関係する生物全般を研究しているということは覚えておいて欲しい。
グラム染色のグラムとは質量の単位ではなく、この染色法を開発したデンマークの細菌学者ハンス・グラム(1853-1938)の名前に由来している。
詳しい手順は後述するが、グラム染色では細菌の標本に対して様々な操作を加えつつクリスタル紫やルゴール、サフラニンといった各種の試薬を滴下する。
染色を終えた標本を顕微鏡観察すると細菌は青紫色か赤色に染まっている。ここで青紫色に染まる細菌を「グラム陽性菌」、赤色に染まる細菌を「グラム陰性菌」と呼ぶ。
細菌は一般に細胞膜の周囲に細胞壁という構造を持つが、グラム陽性菌とグラム陰性菌とではこの細胞壁の構造が大きく異なっている。
この違いについての説明は省略するが細胞壁の構造が大きく異なる細菌同士、すなわちグラム陽性菌とグラム陰性菌とでは生物としての系統そのものが大きく異なることが知られていて、この点でグラム染色における染色性は細菌の分類に有用だと言える。
細菌の形態には大きく分けて球状(丸い形)と
結核菌をはじめとする抗酸菌などごく一部の細菌はグラム染色では染色されないから、これらに関しては特有の染色法(抗酸菌に対する
メジャーな細菌で言えば
最終的には
それではこれからグラム染色の手順を項目別に解説していく。
グラム染色は免疫染色に比べるとやることが単純で、試薬の調製や長時間の待機も必要ないから熟練者ならわずか10分弱で染色を終えることもできるほどだ。
その一方、少量と言えども病原性を持つ細菌を直接扱うため100%の慎重さと丁寧さが求められる点では免疫染色より簡単な手技とも言い切れない。
グラム染色を行う際に最も重要なのは細菌を確実に染色することだが、誤った操作で細菌に感染したり皮膚に試薬を浴びたりするようでは実験に参加する以前の問題だ。
これを読んでいる医学生の諸君にはグラム染色の実習に参加する際は必ず事前にマニュアル(実習の手引き)を熟読しておくよう求めたい。
1.実験室に入るまで
先ほどから繰り返しているようにグラム染色では病原性を持つ細菌を扱うため、HE染色や免疫染色を行う時のような「必ず白衣を着用して髪の長い人は束ねておく」程度の対策では不十分だ。
髪の長い人は事前に束ねておくのは同様だが、それに加えて手の爪を短く切っておく必要がある。実験の終了後は衛生的手洗い(後述)を行うが
実験室内には清潔な白衣を着て入る必要があるが、ここで重要となるのはグラム染色の際に着用している白衣は他の実験で用いてはならないという点だ。
細菌を扱う実験である以上、白衣には多かれ少なかれ細菌が付着する可能性がある。そのような白衣を他の(細菌を扱わない)実験で着用すれば病原体を不用意に拡散させてしまうことになりかねない。
グラム染色の際に着用していた白衣は実験室を出る直前に脱ぎ、使い捨ての袋に収納した上で実験室に併設されたロッカーに置いておく。使用済みの白衣を着たまま廊下に出るのは厳禁だ。
一連の実験が終了して当面は細菌を扱う実験を行わないという状況になったら白衣は専門の業者に送って消毒して貰う。消毒が済んで初めてその白衣は他の実験に用いることができる。
なお、グラム染色の手技でクリスタル紫などの試薬が白衣に付着して汚染した場合その白衣は完全な消毒が不可能とみなされ、業者により焼却処分とされて返ってこないこともある。学生用の安い白衣でも1500円ぐらいはするから金を無駄にしたくない人は白衣を汚染させないよう気を付けよう。
2.グラム染色に用いる器具・試薬
様々な器具や試薬を用いる点は免疫染色と同様だが、グラム染色ではガスバーナーや
以下に用いる器具と試薬を列挙する。
器具:
・ガスバーナー
・ガスライター
・試験管
・試験管立て
・白金耳
・赤色のガラス鉛筆
・ピンセット
・スライドグラス
・使用済みスライドグラス回収トレイ
・キムタオル
・ペーパータオル
・染色台
・染色台支え
・廃液タンク
試薬:
・クリスタル紫
・ルゴール
・脱色用アルコール
・サフラニン
顕微鏡関連:
・顕微鏡(油浸系高倍率の対物レンズを使用できるもの)
・ツェーデル油
・レンズクリーナースプレー
・レンズクリーニングペーパー
消毒:
・液体石鹸
・速乾性擦込式手指消毒剤
・消毒用アルコールスプレー
これらの器具・試薬は単に実験テーブルにあればよいという訳ではなく安全に実験を行うためにそれぞれ所定の場所に置いておく必要がある。詳しい配置は各大学のマニュアルを参照して欲しい。
3.衛生的手洗い
手洗いはグラム染色を行い細菌を顕微鏡観察した上で片付けまで済ませた後に行うが、ヒトの手には表皮ブドウ球菌などの常在菌が存在しているためグラム染色の開始前にも行うのが望ましい。(手洗いを行い、さらに速乾性擦込式手指消毒剤を手指に塗り込んで完全な消毒を試みる場合もある)
医療現場における手洗いは目的によって「日常手洗い」「衛生的手洗い」「手術時手洗い」の3種類に分けられるが、最もよく用いられるのが衛生的手洗いだ。
衛生的手洗いは手術時手洗いほど精密には行わないが日常手洗いよりはずっと丁寧かつ正確な手技と言える。決められた手順と守るべき注意点があり、初心者ではどうしても1分以上かかってしまうが習熟すれば30秒ほどで完了することができる。
グラム染色の前後に行う手洗いもこの衛生的手洗いで医学生は微生物学実習あるいは感染症学実習でその手技を学ぶが、衛生的手洗いは4回生や5回生からの病院実習でも頻繁に行うことになるから低学年のうちに習熟しておくのは有意義と言えるだろう。
衛生的手洗いで守るべき注意点を以下に列挙する。
・バケツ等に貯めた水を使わず、必ず流水で洗う。
・爪は事前に短く切っておく。手首まで洗えるよう腕時計や指輪は外しておく。
・手の高さは腕より低くして指先から水が落ちるようにすすぐ。
・衣類や床に水が跳ねないようにする。
・手洗いミスの生じやすい部位に特に注意して洗う。
・洗い終わったらペーパータオルで両手を十分に拭く。
・蛇口を閉める際は手首か肘を用いて行う。不可能な場合はペーパータオルを使って閉める。(手洗い後の手指が蛇口に直接触れないようにする)
「手洗いミスの生じやすい部位に特に注意して洗う」という部分が最も重要で、この点を解決すべく衛生的手洗いでは手を流水で洗い液体石鹸を手に取った後の手順が決まっている。
順番に書いていくが、これに関しては文章ではどうしても伝わりにくいため興味のある読者はインターネットで調べてみて欲しい。医療職のみならず一般の人にも向けて衛生的手洗いの手順を動画で解説しているサイトが見つかるはずだ。
①両手の手掌を合わせて洗う。
②右手を左手の甲に重ね、左手の甲を洗う。
③左手の指を並べて右手の手掌に突き立てるようにして、左手の指先と爪先の内側を洗う。
④両手の手指を開き、重ねて指の間を洗う。
⑤右手で左手の親指を握り、バイクのハンドルを回すようにして左手の親指と右手の手掌をねじり洗いする。
⑥右手で左の手首を握り、ねじり洗いする。
(②・③・⑤・⑥は左右両方について行う)
「手の甲」「指先」「指の間」「親指」「手首」といった部位は日常手洗いでは手洗いミスが生じやすいことが分かっており、衛生的手洗いの手順ではこれらの部位も確実に手洗いが行えるようになっている。
しばらくやっていないと忘れがちな手順ではあるが、元々そこまで複雑なものではないので一度練習したことがあればすぐに思い出せるだろう。
医学生のみならず歯学部生や薬学部生、看護学生といった医療職を目指す人々は必ず衛生的手洗いを習得しておくべきだろう。
次の項目からいよいよグラム染色の手順を解説していきたいが、文字数が多くなってしまったから続きは次回とする。
シーユーレイター、
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