83 退廃の中の友情
2012年11月の少し肌寒い日、ボクは中学2年D組の教室で漫画を読んでいた。
「今日の理科2の授業は植野先生の体調不良につき自習とする。静かに各自の学習に取り組むこと」
大学の理学部数学科を卒業後、他に就ける仕事がないという理由で中高の数学教員になった担任教師は例によってやる気のない表情で授業の延期を伝えた。
クラス中からなめられているその教師の言うことを真面目に聞く生徒は誰もおらず、教師が不機嫌そうに教室を去ると2年D組の生徒は一斉に騒ぎ始めた。
「よっしゃ、今日も賭けるで! お前ら10円は準備してきたやろな」
「当たり前や、自習なんていつ入るか分からへんからな」
教室の通路側の座席で相当ガラの悪い感じの同級生たちがいつものように賭け麻雀に興じ始めた。
1回につき1人10円を賭けて行うこのギャンブルは皆月中学校の伝統行事であり、これまで何人かが現場を押さえられて停学になったらしいが手軽に行えてスリルがあることからこの学年でも流行していた。
自習時間に巡回に来る教員はほとんどいないが万が一に備えて使い走りの生徒が交代で見張りに立つことになっており、既に暗黙の了解で2名の生徒が席を立って教室前後のドアまで移動していた。
ボクは今も昔も麻雀のルールを知らないし下らないギャンブルで停学になるリスクも負いたくなかったので、賭け麻雀には誘われても参加したことがなかった。
一部の生徒は賭け麻雀への参加を拒否していじめに遭うこともあったが、中1の春にクラスで一番偉そうにしていたアメフト部員を叩きのめしてからボクは学年内で畏怖される存在になっていたのでもはや誰も参加を促してこなかった。
ゲラゲラと笑いながら賭け麻雀に興じている同級生たちを内心で
「なあ、賭け麻雀はいい加減やめた方がいいんじゃないか?」
この学年にはおよそ似つかわしくない発言をしたのは中2にしては大柄な男子生徒で、学ランを崩して着ている生徒が大半を占める中で彼は襟元のホックまでちゃんと留めていた。
「はあ? いきなり何言い出すねん、お前」
「この前校長先生が始業式で注意してただろう。俺らの学年ではまだバレてないけど先輩の中には賭け麻雀で停学になった人が何人もいるんだぞ。そんなことになったら困るじゃないか」
真剣な表情でそう言った男子生徒に周囲の同級生たちは嘲笑で答えた。
「まだバレてないって、お前アホちゃうか。先公どもは俺らが賭け麻雀しとることぐらいとうに知っとるわ。俺らを注意する度胸もやる気もないから放置しとんやろが」
「停学言うてもまだ中学やしな。大学受験の調査書には高校の経歴しか書かれへんのやから今ぐらい自由を謳歌して何が悪いねん」
笑いながら口々に悪罵をぶつける同級生たちにその男子生徒は悔しそうな表情で黙り込んでいた。
それを見た瞬間、こいつはいじめのターゲットになるとボクは直感した。
案の定その男子生徒はそれから事あるごとに嫌がらせを受けるようになり、授業中に後方から小さく切った消しゴムをぶつけられたり掃除の時間になると彼を放置して他の全員が帰ったりしていた。
下手に正義感を発揮して無用なリスクを負うことになった彼は愚かだと思ったが、同時にボクは彼の姿に興味深いものを感じていた。
彼の顔には見覚えがあったがそれはボクが彼と同じく化学研究部に所属していたからで、中1の後半から面倒で行かなくなった部活に久々に顔を出してみると彼は数人の根暗そうな部員と共に自作電池の実験を行っていた。
学年のカーストでは最上位に位置するボクが突然現れたことで周囲の部員は言い訳をしてそそくさと逃げ出したが、彼だけはボクに挨拶してくれた。
「久しぶり、薬師寺君。最近あまり見なかったけど一緒に実験しないか」
同じクラスのほとんどの同級生からいじめられている中で珍しく自分に手を出していなかったからか、彼はボクに対して好意的だった。
「よくオレの名前覚えてたな。暇だから顔出しただけだけど、お前の名前って何だったっけ?」
大学生になった今とは随分違う口調で尋ねたボクに、彼は微笑みを浮かべると、
「天草英樹。天草って呼んでくれても名前で呼んでくれてもいいよ」
落ち着いた口調で改めてそう名乗ったのだった。
それからボクは化学研究部によく顔を出すようになって、実験などの活動には真面目に取り組んでいたら次第に天草以外の部員も安心して参加するようになった。
放課後に他のクラスや他校の不良と喧嘩しに行ってそのまま帰った時など部活に顔を出せなかった時は何となく寂しい気がして、それからは喧嘩の予定はなるべく部活がない日に入れるようにした。
それからも天草はクラス内でいじめを受け続けていたがボクは彼を助けることはせず、部活外では完全な他人として振る舞っていた。
強引にいじめをやめさせたりすると彼のプライドが傷つくかも知れないし、彼から頼まれない限りいじめを実力で解決してやるつもりはなかった。
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