74 気分は文系大学生

 先輩の後に付いて10分ほど歩くと、そこはJR皆月駅の近くにある小さな洋食店だった。


 フランケルと書かれた看板の下には小型の黒板が置かれておりチョークで今日のおすすめメニューが書かれている。


「いらっしゃいませ。毎度ありがとうございます」

「こんにちはー。2名でお願いします」


 店内に入ると髭をお洒落に整えた男性の店員さんがすぐに挨拶してくれた。


 ヤッ君先輩とは顔見知りらしく先輩も慣れた様子で人数を伝えた。


 店員さんに従って店の奥へ進むとちょうど混雑し始める時間帯だったようで、僕らは一番奥に空いていた4人掛けの席を案内された。


 先輩には奥のソファに座って頂き僕はその向かい側に着席してかたわらにカバンを置いた。


「歩いてちょっと疲れたね。試験前で忙しいのに来てくれてありがとう」

「いえいえ、ちょうど午前中で終わりでしたしお昼ご飯もご一緒できてありがたいです」


 先輩は喧嘩に強いが運動部員ではないのでこの程度のウォーキングもあまり慣れていないらしい。


 店員さんが運んできた水を飲みつつ僕は先輩に手渡されたメニュー表に目を通していた。



 来週月曜からの試験に備えて今週は放課後のデータ出しの練習は時間を短めにして貰っていたのだが、それでもある程度は時間を取らないと来週月曜放課後の提出に間に合わない。


 火祭ひまつりがあった先週と異なり今週は土曜日も作業できるのだが、流石に試験2日前の作業はきついだろうということで本地先生に見せるデータは今日までにまとめることになっていた。


 ちょうど2回生も3回生も午前中で授業が終わる日だったのでヤッ君先輩には13時頃から2時間かけてデータ出しを指導して頂けることになっており、その上さらに昼食をおごって頂けることになっていた。


 昼食を済ませてそのまま図書館に行きたいからとは仰っていたが、こういう機会に後輩と積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれる先輩はやはり貴重だと思った。



「どう? ここのお店はオムライスが自慢なんだけど」


 メニュー表を眺めていると先輩は(身長差の関係上)少し上目遣いで僕にそう言った。


「この一番人気のメニューですよね。ここに来るのは初めてなので僕もオムライスにしてみます」

「OK。じゃあ店員さん呼ぶね」


 先輩はそう言って店員さんを呼んだが混雑している時間帯なので気付かれず、途中で僕が代わりにすいませんと声を張り上げた。


 店員さんにオムライス2つ(僕の分は大盛り)と注文を伝えると、先輩は一息ついてソファにもたれた。


「さっきはありがとう。ボク、意外とこういう時に大声出せなくて」

「そうなんですか?」

「元々声量があんまりないし、どうしても店員さんが近くに来るまで待っちゃう。関係あるか分からないけどカラオケも自分ではあんまり行かないの」


 そういえば先輩は不良を叩きのめした時も怒鳴ったりはしていなかった。


「なるほど。でもそれはそれで先輩の奥ゆかしさなんじゃないですか? お付き合いする女性は選んだ方がいいかもですけど」

「……そうだね。あははは」


 また何か地雷を踏んだのか、先輩は同意しつつも笑い方はわざとらしかった。



 そこまで話した所で僕は後方(この場合は店の出入口側)に人の気配を感じた。


「あの、ヤッ君だよな?」


 聞こえてきた声に振り向くとそこにはカジュアルな服装の大柄な男性が立っており、その横には清純そうな雰囲気の女の子の姿があった。


「あっ、ヒデ君!」


 先輩はその男性と知り合いだったらしく目をキラキラさせて反応した。


「久しぶり。最近会ってなかったけど元気そうで安心したよ」

「こんにちは。お知り合いなんですか?」


 男性の正体が分からないので僕は軽く挨拶しつつ先輩に尋ねた。



「この子は天草あまくさ英樹ひでき君っていって皆月中高の同期なの。今は関可大学の法学部2回生」

「その通り、俺はヤッ君とは中学生の頃からの親友なんだ。君は大学の後輩?」


 僕のプロフィールを尋ねた天草君は全体的に頼りがいのありそうな雰囲気で、いわゆる気は優しくて力持ちというタイプに見えた。


「うん、一学年下の後輩です。先輩には学生研究を指導して頂いてます」


 相手も大学2回生とのことなので僕は軽めの敬語で答えた。


 ヤッ君先輩と中高の同期で2回生ということは、この人は一浪で大学に入ったらしい。



「ところで、そちらの女性は……?」

「挨拶が遅れてすみません。私、英樹君のサークル仲間の華山はなやま麻美あさみっていいます。学部は文学部で同じく2回生です」


 白いシャツに薄いオレンジ色のカーディガンを羽織った華山さんはそう名乗ると僕らにぺこりとお辞儀をした。


「今日は彼女と活動前に食事に来てたんだけど、まさかヤッ君に会うとは思わなかったよ。久々に顔が見れてよかった」

「こちらこそ。えーと、華山さんとは2人で食事してたの?」


 笑顔で話す天草君に先輩はなぜか恐る恐るといった様子でそう尋ねた。


「もちろん。あ、言い忘れてたけど実は先月から彼女と付き合い始めたんだ」

「えっ……?」


 嬉しそうに答えた天草君に、先輩の表情が凍った。



「そうなんです。英樹君とは1回生の頃からサークルで仲良くしてたんですけど、つい最近アプローチされて私もOKしちゃいました」

「おいおい、OKしちゃったって言い方はないだろ?」

「えへへ、ごめーん」


 天草君はそのまま華山さんと公衆の面前でいちゃつき始め、僕も何となくイラっとしてしまった。



「そ、そうなんだ。ヒデ君にこんなにかわいい彼女ができてボクも嬉しいよ」

「ははは、ありがとな。……あっ、そろそろ行かないと。じゃあまた会おう」

「うん、よろしく……」


 天草君は腕時計を見て時間超過に気づくとそのまま別れを告げて立ち去った。


 華山さんもとことこ歩いて店を出たのを見送ると、僕は再びヤッ君先輩の方に向き直った。



「…………」


 一体何があったのか先輩はソファに座って意気消沈しており、その表情からは生気が失われていた。


「あの、先輩?」

「お待たせしました。通常とラージサイズのオムライスです」


 ちょうど店員さんがオムライスを運んできたので僕は黙り込んでいる先輩に代わってオムライスをそれぞれの場所に置いた。



「ああ、ごめん。……食べようか」

「はい……」


 先ほどまでの饒舌じょうぜつさはどこに行ったのか、先輩はそのまま黙々とオムライスを口に運んでいた。

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