55 現代医学部の試験勉強
「皆、お疲れ様ー。お茶買ってきたよ」
「あっヤミ子ちゃん。わざわざごめんね」
学内の自販機でペットボトルのお茶を4本買って持参した理子に龍之介はねぎらいの言葉をかけた。
2019年5月15日、水曜日。時刻は16時30分頃。
研究棟3階のミーティングルームの一角に山井理子、解川剖良、薬師寺龍之介、物部微人の3回生4名は勉強会を目的に集結していた。
「はいどうぞ。さっちゃんはこれが好きだったよね?」
「うん。……覚えててくれてありがとう、ヤミ子」
理子は自分と男子2名には飲みやすいノンカフェインのお茶を、剖良には小さめのボトルに入った特定保健用食品のお茶を選んでいた。
「今日は忙しい中わざわざ集まってくれてありがとう。暇な部活にしか入ってない俺が言うのも申し訳ないがここ最近は文章を書くのに時間を使いすぎてどうも試験勉強が
ペットボトルのお茶を机の端に置きつつ微人が感謝の言葉を述べた。
畿内医大では3回生から本格的に臨床医学の授業が始まり、その試験はいくつかの科目をまとめて定期的に実施される。
4月から始まった循環器・呼吸器・腎臓の試験は5月末に予定されており、ここで再試にかかると夏休みが短縮される結果になるので3回生は誰もが再試を回避すべく勉強に励んでいた。
「これまで再試にはかかったことないけどボクも2人には色々教えて欲しいな。去年だって組織と病理はさっちゃんとヤミ子ちゃんが居なかったら再試だったし」
「私だって過去問頼みでこれまで受かってるし、偉そうなことは言えないよ。解答解説作ってると誤解されるけど全部分かって作ってるんじゃなくて正攻法じゃ受からないから過去問を分析してるだけだし。さっちゃんぐらいの秀才ならそもそも過去問なんて重視しないよね」
理子がそう言って視線を送ると、
「……でも、ヤミ子は皆を助けてて偉いと思う」
剖良はぽつりと答えた。
医学部の定期試験のうち試験後に問題や解答・解説が公表される科目はごくわずかであり、「定期試験の過去問」というものは表向きは入手できないことになっている。
とはいえ科目ごとに出題のクセが強い医学部の定期試験を過去問なしに乗り切るのは至難の業なので、学生は学年内で協力して試験を受けた際の記憶を基に「再現問題」として過去問を記録している。
基礎医学や臨床科目の試験は大抵マークシート式なので、全50問の試験であれば100名ほどの学生が分担すれば8割方は再現できることになる。
その一方、再現問題は再試にかかった学生と後輩以外には何の価値もないのでその年度内に解答や解説が作成されることは基本的にない。
理子や剖良は2019年度の3回生なので最も参考にしたい過去問は2018年度の再現問題だが、入手できるのは基本的に問題のみである。2017年度以前の問題には2018年度の3回生により解答・解説が作られている場合もあるが、年度が古くなると最新の出題パターンと
問題しか入手できない場合は各々で過去問を分析する必要があるが学年によっては理子のように過去問の解答解説を作成して学年内で共有する学生も存在しており、そういった人物は周囲から重宝されていた。
「今日は最新の過去問は印刷して持ってきてて、今作ってる解答解説もパソコンに入れてきた。皆で過去問を見ながらさっちゃんに適宜ツッコミを入れて貰うつもり。2時間ちょっとだけど頑張りましょ!」
理子の言葉に龍之介と微人は右腕を突き上げ、おー、と呟いた。
「始める前にちょっと報告だけど、さっき2回生の教室で白神君に聞いてみたら彼もオープンキャンパスに協力してくれるって。カナちゃんもファンちゃんも部活で来れない時が多いから助かるよね」
「そうなの!? 白神君が来てくれるならボクもかっこいい所見せないと」
理子の報告を聞き、龍之介は嬉しそうに言った。
ちなみにファンちゃんというのは理子が
「白神君か。俺もこの前神崎書店で初めて会って文芸研究会にも勧誘してみたよ。医学部の2回生は一人もいないから何とか引き込めればいいんだが」
「えーっマレー君、僕だってまだ東医研は保留にして貰ってるのに。抜け駆けずるいよ」
塔也と知り合ったことを初めて話した微人に龍之介は文句を言った。
「そんなこと言ったら私も写真部に引き込みたいのに。まあ文芸研究会はこれ以上人が集まらないと廃部だし、白神君は譲っちゃうかな」
「……こほん」
勉強会が後輩の引き抜き合戦になりつつあることに気づき、剖良が静かに咳払いをした。
彼らの勉強会はその後も時々脱線しながら続き、2時間ほどであっさりと終わった。
いつの時代も試験勉強は医学生の悩みの種であり学生は様々なツールを利用して立ち向かおうとするが、結局は個人の努力で乗り越えていくしかないものなのだろう。
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