51 気分は下心
2019年5月7日、火曜日。時刻は昼の12時20分ぐらい。
図書館棟地下の学生食堂で僕は再び壬生川さんと昼食をご一緒していた。
「さあ、頂きましょ。冷凍食品ばっかりだけどそれなりにおいしいはずよ」
ハイヒールやゴージャスなバッグはそのままだがよく見ると衣服を安めのブランドに変えている壬生川さんが、僕に弁当箱を渡してくる。
中身はおそらく同じなのだろうが僕の弁当箱は彼女の弁当箱の1.5倍ぐらいのサイズになっていて、男女の食べる量の違いを考慮してくれているのだろうと思った。
ちなみに食堂で弁当を食べる行為は場合によってはマナー違反になるが、この大学の学生食堂では弁当を持ち込んで食べている学生を普通に見かけるので食堂としても黙認してくれているらしい。
「ありがとう。開けるね……」
太めのゴムで締められた昔ながらの弁当箱を開けると、そこには綺麗な彩りでオーソドックスなお弁当が詰め込まれていた。
弁当箱の左40%ほどを占める白ご飯には青菜ふりかけが載せられており、おかずには唐揚げや焼売と少し形の崩れた玉子焼き。
副菜としてはホイルに盛られたきんぴらごぼうやほうれん草のバター炒めが添えられており、栄養の偏りも見られなかった。
ご飯と玉子焼き以外はいずれも冷凍食品らしいが、実家通学の彼女が早起きして作ってきてくれた弁当と考えるととてもよくできていると思った。
「すごい、お手本みたいなお弁当だ」
目を輝かせて感想を口にすると、
「あんた、こういう女がまともな弁当作れるはずないって思ってたでしょ?」
「……ちょっとだけ」
手厳しい言葉が飛んできた。
壬生川さんは僕と二人の時はこの口調で通すことにしたらしく、元々の計画通り「ボーイフレンドの影響でラフな格好と言葉遣いになった」ことにしたいのだろう。
食堂というのは不特定多数の目に触れる場所なので、壬生川さんが僕と一緒にいる中で変わっていっても自然に溶け込めるとは思う。
「お腹空いたし、とりあえず食べていい?」
「どうぞ。話は後でゆっくりしましょ」
壬生川さんの許可を受け、僕は人生初となる「ガールフレンドに作って貰ったお弁当」に手をつけた。
お弁当は冷凍食品の解凍の加減もご飯の炊き方も丁度よくて、僕は十分なボリュームの昼食をさくさくと平らげた。
壬生川さんのお弁当は同じ内容でも小さいので、僕と彼女はほとんど同じタイミングで食べ終えていた。
「美味しかったです。ごちそうさま」
「実はお弁当作るの初めてだったからちょっと緊張したわ。まあ、そう言って貰えるなら問題なしね」
少し微笑んで答えると彼女はコップの緑茶をすすった。
ここの食堂ではお
「本当に明日からも作ってくれるの?」
「もちろんよ。まさかとは思うけど毎日同じおかずとか思ってないでしょうね」
「え、いや、そんなことは」
「……ちゃんと種類揃えてあるから安心しなさい」
ゴージャスなお嬢様は偽りの姿だったと分かっていても、どうしてもお嬢様が作るお弁当あるあるを連想してしまうのは申し訳ない。
そろそろ周囲の視線にも慣れてきた所で、僕は重要な話題を切り出した。
「さっきのことなんだけど、今のカナやんにあの態度はちょっと……」
「うーん、実はあたしもよく分かってないの。あんたは知らないでしょうけどカナちゃんとは1回生の頃から仲良しで、研究医生の集まるイベントでもよく話してる。共通の友人がいないから普段はあんまり喋ってないけどね」
「へえ、そうだったんだ」
2回生になるまではカナやんも壬生川さんも名前と顔しか知らなかったので彼女たちの交友関係は全く知らなかった。
人前では生島さんと呼びかけているが今はカナちゃんと呼んでいる辺り、壬生川さんはカナやんともラフな感じで付き合いたいのだろう。
「この前聞いたら逃げたけど、結局あんたはカナちゃんに何したの?」
「ええー、それ聞く?」
「教えてくれなきゃ分かんないじゃない! 他の誰かに聞けばいいってこと?」
「ごめん、それはやめて」
僕は観念して壬生川さんにこの前起きた事件のあらましを話した。
「あんた……最低ね」
彼女にするならカナやんよりも美人でゴージャスでセクシーでグラマーな壬生川さんの方がいいと僕が公共の場で話してしまった件を聞き、壬生川さんは露骨にドン引きしていた。
「いやごめん、本当にごめん! 誰かが聞いてるなんて思わなかったし、そんなに真剣な気持ちで答えた訳でもなかったんだけど」
「男の子は仲間内でそういう下品な話もするでしょうけど図書館前のロビーはプライベートな空間じゃないわよ。せめて個室でやるべきね。カナちゃんにはもちろん失礼だけど、あんたね……」
そこまで言うと壬生川さんはコップを握る左手をわなわなと震えさせ、
「この前学食でご飯食べた時、あたしの胸しか見てなかったってこと!?」
声を抑えて叫んだ。
「そ、それは誤解だよ。服装がゴージャスだなあとか魚の食べ方が上品だなあとか、すごく美肌だなあとか……」
「美肌って結局胸元でしょうが! 二人きりで話したら思い出してくれるかと思って誘ったのに、こんなエロ男だとは思わなかったわ!!」
壬生川さんはついに大声を出すと食堂のテーブルをドンと叩いた。
大声と物音に驚き、食堂内がまたざわつき始める。
「あの、流石に静かにした方が……」
「……そうみたいね。ちょっと腹に据えかねたから」
先ほどの姿が噂になれば大学デビュー計画は意外と早く実現するかも知れないと思った。
「カナちゃんにはあたしからもフォローしとくから、何とか関係を修復しなさいね。あの子はああ見えて純粋無垢だから今度からは気を遣ってあげて」
「ありがとう。カナやんとは本当に友達なんだね」
「あたしの知り合いって女子バスケ部の友達ばっかりだから数少ない部活外の友達は大事にしたいの。ましてやあんたみたいな男を巡ってカナちゃんと気まずくなるなんてごめんだわ」
壬生川さんはそう言うと先ほどの合間に注いできた2杯目の緑茶を飲んだ。
「あと話してて思ったけど、壬生川さんってすごく友達思いだよね。こんなに面倒見がいいんだから部活外の友達も増やしてみたら?」
「よく気づいたじゃない。もっと人と関わっていきたいからあたしは今から大学デビューするのよ」
そこまで言うと壬生川さんは二人分の弁当箱をバッグに片付けた。
「それじゃ、行きましょ」
「えっ、どこに?」
「あんたバカなの? 午後の授業まで15分はあるんだから図書館で調べ物よ」
「はい、分かりました……」
僕は弱々しく答えてそのまま上の階にある図書館に連行されていった。
今月も色々大変になりそうだ。
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