31 気分はツーショット

 そして現在。


「その伊藤君と橋本さんっていう新入生は東医研に興味を持ってくれたらしくて次のお茶会や新歓飲み会も行きたいって言ってた。多分入ってくれるんじゃないかな」

「良かったやん。ヤッ君が怒ったのには驚いたやろけど白神君はそういう人は苦手なん?」


 僕が入部を敬遠する理由が特にないのではという感じでカナやんが尋ねた。


「ヤッ君先輩が新入生の失礼な態度をたしなめたのは当然だと思うんだけど、何というか文化部のああいうノリは肌に合わなくて……」


 剣道部にはもっと厳しい先輩がいくらでもいたが僕が慣れている運動部の空気と東医研の雰囲気とはどうしてもギャップが大きく思えた。


 後輩の失礼な態度をたしなめるにしても、剣道部ではその場で叱ることはせず後で個別に呼び出して注意するやり方が一般的だった。


 運動部は文化部より上下関係が厳しいと思われがちだが文化部よりも部員が集団として行動する機会が多い分、部内のトラブルはなるべく目立たないように処理される傾向にある。



 行きたくなければすぐに辞められる文化部よりも辞められるとクラブも本人も困る運動部の方が人間関係のトラブルへの対処には慎重なのかも知れない。


 同じ運動部でもこの辺りの体質はクラブによって微妙に異なるので、カナやんには僕が東医研に受けた印象について細かく伝えるのはやめておいた。


「そうなんや。文化部ってうても色々あるし、東医研以外も見学してみたらええんとちゃう? 写真部も東医研も保留中なんやし気が変わったらいつでも入れるで」

「ありがとう。もっと色々見て回ることにするね」


 カナやんの建設的なアドバイスに僕は感謝を伝えた。



 そろそろ解散してもいい時刻かなと思った所で、カナやんは腕時計に目をやると静かに口を開いた。


「……ところで白神君」

「なになに?」


 先ほどまでリラックスした表情だったカナやんはいつの間にか真剣な表情になっていた。


「あのな。これはおちょくるつもりで言うんやないし、白神君なら頼めるおもたから言うことにしたんやけど……」


 カナやんはほのかに顔を赤くして、何かを言いにくそうにもじもじとしている。


 普段の活発でサバサバした振る舞いからは想像もつかない今のカナやんの姿は結構レアな光景かも知れない。



「う、うん……」


 少したじろぎながらそう答えると、カナやんは一息に、



「明後日の日曜日、うちの両親に会ってくれん?」


 と言った。




「えーと…………」


 絶句するしかない。


「あっ、ちゃうで。白神君が想像してる意味とはちゃうから。会って貰うんも両親っていうより親戚一同やし」


 カナやんははっと気づいた様子で慌てて僕の誤解を解こうとしていた。


「いや、うん、それは分かる。僕らまともに知り合ってから2週間経ってないし付き合ってもないのに両親に会わせないでしょ」


 僕なりの分析を伝えるとカナやんはこくこくと頷いていた。



「複雑な事情がありそうだけど、もっと初めから教えてくれない?」

「そうするわ。前にうちには従弟いとこがいるって話したけどな……」


 それからカナやんは僕を親戚一同に会わせようと思ったきっかけについて詳しく教えてくれた。



「という訳で、明後日予定が空いてたら白神君にはうちの実家に来て欲しいねん。後で破局したことにするから1日だけ彼氏のふりしてくれんかなって」

「明後日は何もないけど、流石に僕が首を突っ込んでいい話じゃないかなあ……」


 割と面倒そうな事情だったので上手く断ろうと考えていると、カナやんは足元のカバンに手を突っ込んで何かを取り出した。


「白神君。うちもタダとは言わへんよ」


 カナやんはそう言うと取り出したものを会議室の机の上に置いた。


「えーと、これは……?」


 それは一般的な大きさの封筒だったが表面には「株式会社ホリデーパッチン 株主優待券セット」と印字されていた。



「うちの実家の株主優待券。結構な規模の株主しか貰えへんチケットでメガドンでもシモンでもかがやきでもどこでも使えるで。500円の商品券が40枚入っとるから結構長いこと使えるし、ちゃんとお釣りも出るで」

「こ、これは……!」


 今後の食費を2万円も浮かせることができるチケットを目の前に提示され、僕は目を輝かせていた。


「来てくれたらご飯も食べれるし、このチケットは全部白神君のもん。これでどない?」

「……ぜひ協力させてください」


 相応の対価には抗えなかった。



「ありがと。ほな11時に阪急梅田駅の3階で待ち合わせでかめへん?」

「うん、それでいいよ。何か必要な持ち物とかある?」

「せやね……忘れへんと思うけどスマホは持ってきてな。今から写真撮って送るから明後日来る時までに待ち受けにしといて」

「写真?」


 意味が分からないでいると、カナやんは少し離れた席を立って僕の隣の席に座った。



「こういうこと」


 と言うとカナやんは突然右腕で僕の肩を寄せ、左手でスマホを操作した。


「えっ……?」

「シャッター切るから嬉しそうな感じでわろてな」


 上半身がカナやんと密接した今の状態に僕が思考停止したまま笑顔を作ると、カナやんは自撮りの要領でスマホの写真撮影を行った。


 カナやんはそれからすぐに身体を離すと撮影した写真を一瞥いちべつして僕にも見せてきた。


 そこには男女が肩を並べて上半身を密着させて自撮りをした写真が表示されていて、自然な表情でニカっと笑うカナやんの隣には僕の引きつった笑顔が写っていた。



「これ駄目やわ。もっかい撮るで」

「ええっ、また撮るの!?」

「恋人みたいに見せなあかんから完璧になるまで付きうて貰うで」

「いや、でももう遅いし……」


 気まずい状況から脱したくてそう言ってみたが、



「白神君。報酬をもろてええのはちゃんと働いた人だけやで」


 カナやんが低い声でそう言うとあらがすべは僕の手にはなかった。


 お礼につられて首を突っ込んだ結果、色々と面倒なことになりそうな気がした。

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