30 気分は殺伐お茶会

「ふーん、ほな東医研にはまだ入らんことにしたんやね」

「うん……」


 2019年4月12日、金曜日。時刻は夕方18時。


 放課後の1時間半ほどの時間でカナやんにPubMedパブメドによる論文検索方法と大学図書館での原文入手方法を教わった僕は、図書館での作業が一段落した後に生化学教室の会議室で少し雑談をしていた。


 お互い顔を知っているだけの関係を脱してから2週間も経っていないが、陸上部の活動がある日と日曜以外は毎日会って研究について教えて貰っているので彼女とは大学で会っても普通に話せる仲になっていた。


 カナやんは陸上部の練習で不在だったので現場を見ていないが、僕は昨日東医研の活動について主将である薬師寺先輩(ヤッ君先輩)から直接レクチャーを受けて放課後には新入生が対象のお茶会に特別に参加させて貰っていた。



 そしてその時の体験に基づき、僕は東医研に入るかどうかはしばらく保留することにしていた。


 昨日の放課後を思い返す。





「あっ来た来た。ここだよー」

「お疲れ様です。来たことのある店で良かったです」


 時刻は夕方16時55分頃。


 お茶会の会場として指定された阪急皆月市駅前の喫茶店「廻船屋かいせんや」を訪れると、集合時刻が間近だからか既に4人の学生が集まっていた。


「まだ2人ほど来てないけどボク以外は先に入ってて貰うつもり。すぐ全員集まるからそれまで適当に話してて」

「分かりました。皆さん今日はよろしくお願いします」


 そう返事をしつつ僕はヤッ君先輩を含めた参加者一同にお辞儀をした。


 先輩は昼休みに会った時と同じ服装で、周囲にいる東医研の他の部員(一部は新入生)と比べるとやはり大学生感がないと思った。



 あらかじめ店員さんに人数を伝えていたらしく、僕らは4人がけのテーブルを2つ連結させた座席に案内された。


 端の席に着席して足元にカバンを置くと向かい側に座ったのは20代後半ぐらいに見える男子部員だった。


 こちらから何か話さないと失礼だろうと考えていると、男子部員は自分から話しかけてくれた。


「やあ、君は2回生の白神君?」

「そうです。先輩のお名前をお聞きしていいですか?」

「ああ。僕は医学部5回生の渡部わたなべ。東医研には1回生の頃から所属しててヤッ君に引き継ぐ前は主将を務めていた」

「なるほど、先代主将ということですね」


 ヤッ君先輩は新3回生なので2学年離れた部員に主将を引き継いだことになる。これは文化部ではあまり珍しくないらしい。


「今日は現役部員からの参加者は僕とヤッ君だけで、こちらにいる男女は医学部新入生の伊藤君と橋本さんだ。君と同じく東医研に興味があるらしいから楽しく食事しながらヤッ君の話を聞いてみて欲しい」

「分かりました!」


 渡部先輩の話によると僕の右側のテーブルに向かい合って座っている男女は新入生とのことだった。


 もちろん僕のことなど知るはずもないので改めて挨拶する。


「僕は2回生の白神塔也です。色々あって現在帰宅部なので2回生から入れる文化部を探してます。お互い東医研に入ることになったらその時はよろしく」


 会釈してそう言うと、伊藤君と橋本さんはそれぞれ丁寧に挨拶を返してくれた。



「お待たせー。全員揃ったから店員さん呼ぼう」


 声をかけながらヤッ君先輩もテーブルに向って歩いてきた。残り2名の新入生も到着したらしく、全体的におしゃれな感じの女の子2人が後に続いていた。


 それから渡部先輩が呼び出しベルで店員さんを呼び、手渡されたメニュー表をもとに合計7人はそれぞれ希望する料理とドリンクを注文した。


 この店は通常の食事よりもバリエーション豊富なパフェが有名なので女子3名とヤッ君先輩はそれぞれ好みのパフェを注文していた。



 料理が届くまでの間に、僕らは楽しく話していた。


「今日はみんな来てくれてありがとう。改めまして、僕は東医研主将で医学部3回生の薬師寺龍之介です。東医研のことでも大学生活のことでも気になることは何でも聞いてください」


 ヤッ君先輩が最初に挨拶をして、それから他の6人も改めて簡単に自分のプロフィールを説明した。


「早速質問なんですけど、この大学の東医研では実際に漢方薬を調合できますか?」

「部費と設備の制限があるから何でもできるとは言えないけど、欲しい漢方があれば取り寄せるし調合できる設備も結構整ってるよ。良かったら入部後に申請してみて」


 東医研への興味が強いらしい伊藤君が質問するとヤッ君先輩は笑顔で教えてあげていた。


 橋本さんも昼休みの勉強会の開催頻度について質問し、会話は盛り上がり始めていた。



 そんな中、自己紹介によると看護学部の新入生らしい2人の女の子のうち1人がヤッ君先輩に話しかけた。



「じゃあ私からも質問いいですか?」

「もちろんどうぞ!」


 ヤッ君先輩がそう言うと女の子はおどけた表情をして、


「薬師寺先輩って、彼女いるんですか?」


 と聞いた。



「えーと……」


 ヤッ君先輩は笑顔のままだがその表情は少し引きつっていた。


「先輩ってイケメンじゃないですかー。こんなにキュートな先輩と同じクラブに入れたら楽しいんじゃないかってクミちゃんとも話してたんです。ねー」


 向かい側の女の子もねー、と示し合わせたように言った。


 確かにヤッ君先輩がいると女子が入部しやすいって言ってたな……



「もしフリーならあたしが相手になっちゃおうかな? なーんて……」


 女の子がそこまで口にした所で、先輩の表情から笑顔が消えた。



「あのさあ」


 先輩が普段の口調からは考えられない低い声でそう言うと、女の子2名はびくっ! という感じで硬直した。



「今日はお茶会っていうけど東医研というクラブに興味がある人に集まって貰ってるの。ボクに興味があるなら他の場所でアプローチして欲しいし、短い時間をそういう話題で消費するのは意欲がある人に失礼でしょ? まあ他の場所でって言っても……」


 ヤッ君先輩は冷酷な表情のまま、



「ボクは、君たちみたいな女の子は遠慮するけどね」


 と言い放った。


 女の子2名の顔がサーっと青ざめていくのが見えた。



 それから料理が来て僕らはそれぞれご飯やパフェに手を付けた。


 ヤッ君先輩はそれからすぐに明るく話し始め、空気を何とかしたい僕と渡部先輩はもちろんのこと伊藤君と橋本さんも普通に談笑していた。


 その一方で、看護学部生の女の子2名はそれから話すタイミングを失ったままだった。

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