28 気分は美少年

 薬師寺先輩が来るまで手持ち無沙汰なので適当に先輩同士の対局を見学しようかと思っていた矢先、会議室のドアがノックされる音がした。


「あっ、どうぞー」


 ヤミ子先輩に代わって返事をしてみたが、一応叩いただけなのかドアは返事を言い終わる前に開いた。


 そこに立っていたのは高校生か少し背の高い中学生と思われる茶髪の男子だった。



「えーと……?」


 この大学には皆月みなづき高校・皆月中学校という附属の中高一貫校があり校舎も大学から徒歩10分の同じ市内にある。


 附属校なのに創立から現在に至るまで内部進学制度は全く存在しないらしいが、高大接続プロジェクトと称して学生が行き来するイベントも開催されているので高校生や中学生が畿内医大に紛れ込んでいてもおかしくはない。


 でも今は平日の昼間だし、皆月中高は制服の学校だったような……



「はじめまして。君が2回生の白神塔也君?」


 男性にしては少し高めの声で呼びかけてきたその子はなぜか僕の名前を知っていた。



「そうだけど、君は……?」


 こういう反応は慣れているのか、その男子はポケットから定期入れを取り出すと何かを取り出して僕に見せた。


 それは僕も持っている畿内医大の学生証で、真剣な表情でスーツを着た写真(今よりさらに幼い)の横には学籍番号と共に名前が記されていた。



「ごめん、外見が子供っぽく見えるからよく高校生か何かと勘違いされるの。ヤミ子ちゃんから聞いたかも知れないけどボクはこの大学の3回生の薬師寺やくしじ龍之介りゅうのすけです」

「え……ええっ!?」


 驚く僕に構わず、薬師寺先輩はよろしくねと言って深くお辞儀をした。



「今日は東医研に興味があるって聞いて嬉しかったよ。ボクと話したからって入部しないといけない訳じゃないから気軽に何でも質問してね」

「あ、はい、ありがとうございます。あと高校生と間違えてすみません!」


 先輩相手に割と失礼な態度を取ってしまったと気づき、僕は慌てて深く頭を下げた。



「あはは、全然いいよ。ボクは自分の外見嫌いじゃないしまだまだ若いって証拠でしょ?」


 ウインクしてそう言った薬師寺先輩はとても親切そうだが、研究医生だけあってまた変な人なのではないかという予感がした。



 ヤミ子先輩と剖良先輩が囲碁を指している部屋(休憩室と呼ばれているらしい)に引っ込み、僕は部屋の隅のテーブルで薬師寺先輩から東医研の活動について説明を受けていた。


「東洋医学研究会という名前の通り活動の基本は勉強会です。3回生以上の学生が毎週持ち回りで東洋医学の概念や漢方薬について調べてきて、他の部員がそれを生徒として受講する感じ。部員数は意外と多いから自分の番が回ってくる回数は少ないし、勉強会は昼休みにご飯を食べながら進めるから拘束時間も短いよ。もちろんどの活動も出席は自由!」

「なるほど、内容は本格的だけど雰囲気は自由なんですね。すごく魅力的です」


 薬師寺先輩はやる気に溢れた様子で活動内容を説明してくれるので僕も疑問に思ったことは積極的に聞いてみることにした。


「部員数は多いと仰いましたけど、上級生が多数在籍しているのに薬師寺先輩が主将をされてるんですか?」


 薬師寺先輩は外見はともかく医学部の新3回生だが、上の学年の部員が多く在籍しているのに新3回生が主将を務めているのは不思議だと思った。


「東医研は活動が昼休みのちょっとした時間で終わるから先輩方はプライベートが忙しい人が多いの。卒後の起業に向けて色々な会社と今から仕事をしてたり放課後は毎日予備校講師のバイトの予定が入ってたりするから、普通の学生が少なくて……」

「そういう所も面白いクラブですね……」


 放課後の束縛が一切ないクラブというのは文化部を含めてもほとんどないのでプライベートが多忙な医学生に好まれるのは理解できる。


 クラブの主将は定期的に開催される会合に出席したり学園祭での出店手続きを取り仕切ったりと雑用が多いので、そこまで多忙ではない薬師寺先輩が担当させられているのだろう。


「主将候補は他にもいたんだけどボクが主将やってると女子が入部しやすいって評判らしいよ。何がいいのかよく分かんないけど」

「それは結構なことですね……」


 薬師寺先輩は童顔というより外見が少年なので女子学生は色々な意味で馴染みやすいのかも知れない。



「ところでいちいち薬師寺先輩って呼ばなくていいよ。同じ研究医養成コース生だしヤミ子ちゃんやさっちゃんと同じようにヤッ君って呼んでよ」

「あ、はい。じゃあヤッ君先輩?」

「あはは。最初はそれでいいけどそのうち先輩も取ってくれると嬉しいな」


 やはりウインクしながら言ったヤッ君先輩に僕は自分の予感が大体的中したことを理解した。



「あの、ヤッ君先輩。不躾ぶしつけな質問になりますけど東医研って部費はどれぐらいかかりますか……?」


 僕にとって最も重要な事項を聞いてみた。


「部費は基本的にタダです。部員数が多くて大学からは多めに補助金を支給されてるけどその割にクラブの出費は少ないから。ただし大学からの補助金を1回生以外の飲食代に使うと怒られるから、白神君には食事の時のお金だけ出して貰うことになると思う」

「なるほど。それなら何とかなりそうです」


 先輩の話からすると飲み会も毎回出席必須ではないだろうし、月に1回で4000円までならバイト代から拠出できる。



「色々教えてくださってありがとうございます。1回生じゃないのに主将自ら教えて頂けて本当にラッキーでした」

「いやいや、気にしなくていいよ。繰り返すけどボクと話したからって東医研に入らないといけない訳じゃないからね。だけど……」


 ヤッ君先輩はそこまで口にするとなぜかいきなり目をキラキラさせて、


「ボク自身は、白神君が入部してくれたらすごく嬉しいかな」


 と言った。


「ははは、そんな風に言って貰えて光栄です」


 外見に似合わず社交辞令の上手い人だなあと感心しつつ答えると、先輩はポケットからスマホを取り出した。


「ちょっと予定見るね。……そうだ、今日の17時から新入生相手にお茶会をやるんだけど白神君も良かったら来てみない? 2回生だけど今日だけは特別におごるよ」

「そうなんですか? ちょうど予定空いてるのでぜひ参加したいです」


 大学の部活のお茶会というのはお茶会と言いつつ普通にご飯を食べられるので、これは軽食でも無料で食べられるチャンスだと思った。


「ありがとう。今日は現役部員はあんまり参加しないけどせっかくだから楽しんでね。お店の場所を教えたいんだけど連絡先交換してもいい?」

「はい。よろしくお願いします」


 僕はそう言うとスマホを取り出して先輩とメッセージアプリの連絡先を交換した。



 それから先輩はまた会おうね、と言って休憩室を立ち去った。


 僕も午後の講義の開始時刻が迫っていることに気付き、静かに囲碁を指していたヤミ子先輩と剖良先輩に挨拶してから病理学教室を後にした。



 剣道部を辞めてからは何となく孤独な気がしていたが、無理のない範囲で新しい居場所を見つけていくのも悪くないだろう。


 東医研に入っても入らなくてもヤッ君先輩とは上手く付き合っていきたいと思った。

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