9 気分は小休止

「……ねえ、聞いてる?」


 はっ!



 意識が飛びかけていた所に呼びかけられ、僕は丸椅子の上でガクンとなりつつ正気を取り戻した。


 基礎医学系教室の実験室にはあちこちにキシレンや塩酸アルコールといった危ない試薬が並んでいるので良い子は真似しないで欲しい。



「どこまで聞いてた?」


 解川先輩は眼をキョロキョロさせる僕をジト目で見つつ静かに問いかけた。


 いくら話が複雑でも流石に失礼な態度だったと思い、正直に答える。



「えーと、蒸留水生成装置の場所を聞いた所までは……」

「それなら大丈夫。封入装置は最後に使うからその時に説明する」

「あ、ありがとうございます……」


 居眠りしかけていたのは一瞬のことだったらしく、僕は少し安心した。



「免疫染色の基礎知識は大体教えたから、今から一緒にやってみましょう」

「はい……」


 解川先輩はそう言って丸椅子から立ち上がったので僕もそれに従った。


 準備されていたのはマウスの大腸のプレパラートで、今回は初回なので同じものを2枚染めればいいらしい。



 僕に渡す備品をチェックする解川先輩を眺めていると、何故か先輩が愛らしいエプロンを着た料理教室の先生に見えてきた。


 気のせいだろうと雑念を払って僕はいよいよ始まる染色作業に覚悟を決めた。

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