第2話

 私の青春はホームに詰まっていた。


 青春とは簡単そうに見える。だがそれは見かけ上だけで。青春は脆く、実に儚い。

 例えるなら、取れそうで取れない歯に挟まった肉とか。簡単に取れそうだから、と始めた、クレーンゲーム。毎度絶妙な誤差で取れなくて、それでも次は取れるかもしれない…とお金を入れる。最終的に1,200円を超えたあたりで諦める。

そんなイヤらしさを持っている。

 誰もが鮮やかな青春を求めているし、ごく自然に手に入るものだと思っている。けれど青春を手に入れることができるのは、ほんの一部の恵まれた人間。

 手に取ると雪のように溶け、水となり、蒸発し、次の世代に廻ってゆく。そして皮肉なことに、青春を手にする人ほど青春に固執していないのだ。ある日ふと「あれが私の青春だったのか」と気がつくんだ。

ところで私の青春の香りというのは、冬のグラコロだ。


 私がまだ一人でエスカレーターに乗れなかった頃。朝のイメージは、ビー玉のようだった。光に当たるとキラキラと目に反射する。その煌めきが嬉しい、楽しい。

 そんな幸せの象徴のような朝は幼稚園、小学生、中学生、高校生へと歳を追うごとに粘着質なストーカーのようなものに変わった。

 きっと変わったのは朝ではなく、私の方なんだろう。でも私のは正常であると思う。



 私の住んでいる地域は中途半端な田舎。別に車で生活をしないといけない程、田舎ではないけれど自転車は必須。

 それにも関わらず、毎日私が電車まで歩いて学校に向かうのは、せめてもの反抗心から来るものだ。

 おおよそ45分ごとにしか来ない中途半端な田舎駅。それが私の最寄り駅。

 現在の時刻は7時51分。次の来電車は、3分後。 そしてその次が8時38分。つまり、これを逃がすことは即ち"遅刻"を意味する。


 普通なら走るところだけど

「うぅ寒っ。部屋に篭ってたい」


 4月中旬の風はまだ冬を彷彿とさせるほど冷たく、学校へと歩む私の足を止まらせる。

 そんな私を気にも留めず、私と同じ高校のブレザーを来た男子生徒がセカセカと早歩きをして私を追い抜かす。

 その差がどんどん開いてゆく姿を、側から見れば私と男子生徒が恋愛関係であり。私が男子生徒に捨てられ道の途中で縮こまっている様に見えるのではないか、と無駄に想像力を膨らませる。

悲しいことに、時間は私の空想が終わるまで待ってくれない。そうして、大切な3分間はあっけなく終わった。

それはアディショナルタイムはないと言わんばかりだ。

 

 個人情報が盛り盛りの特盛ラーメン通学定期を改札の投入口に入れる。

 すると改札の隣にいる。駅員さんがにこにこと朗らかな笑顔を見せ、笑う。

 私は待ってました、と言わんばかりに特大笑顔を返す。これが無しで私の朝が始まったとは言えない。

 駅員さんと私はかれこれ2年ほどの旧知の仲だ。

 私は入学したての頃、改札機の奥から出る通学定期を取り忘れるという事件が多発した。通学定期は寂しく一人で駅にお留守番を余儀なくされていた。

 それに気づいた駅員さんが学校に電話をかける。そんなことが何百回も繰り返された。最近は、私も成長し、通学定期お留守番事件はめっきり減ってしまった。駅員さんは寂しがっているだろう。また通学定期にお留守番をさせよう。

 そんな意味のわからない配慮だけは一丁前に考えつくところが私の良いところだ。

 

 改札を進んで横にある階段を、篠延しののべ行き方面に改札があるなら鶴那つるな行き方面にも作っとけよ、使えないな。と心の中で悪態をつきながら上り、下る。


 

 都会ではPASMOやSuica。しまいにはスマートホォンで改札を通過できるというのに、私の最寄駅は未だ、切符でしか通れない。

 「これではまるで人種差別ではないか、都会の洗練された人間は田舎に踏み入れることすら出来ない。今この地域は変わるべきなのだ。」という口実を元に私もPASMOや、Suica。スマートホォンで通過してみたい。

 変な主張を考えたは良いが、こんな小娘の論理性がない主張で変わるわけがない。

 それこそ鶴の一言の様な、市長の娘などその他諸々権力者の娘でなければ変わりはしない。

 そんな私が存在しても、しなくても変わらない、そんな世界を結構私は気に入っている。

 私が頑張っても、世界は変わらないし、頑張らなくても世界はわからない。

 私が何をしても世界は、人は、私を気にも留めない。誰の記憶にも心にも残りはしない。でもきっと私も、世界に残留している。

害にも薬にならなくても私は生きている。

◇◇◇

不平等だ。全く許せはしない。

僕は初めて出会った時から彼女へ摩訶不思議な感情を抱いていた。

時間とともに感情は加速し、終いには憎しみともとれる、愛しみともとれる。なんとも形容できない感情へと増長していった。

だからこの場では彼女と過ごした、彼女の全てが「青春」だったと形容させてもらう。それはつまりグラコロだ。

彼女と僕の出会いは駅のホームだった。

父の転勤機に訪れた新天地。仲が良かった友人とも離れ、電車も1時間に数本しか来ない田舎に辟易としていた。

彼女は生きているのに古めかしく、まるでシーラカンスのような生きた化石を感じさせる。

僕と彼女の妄想癖は始まりは同じだが、終わりが違う。

それは相同器官のようだ。

彼女と僕は交雑できない完全な種文化の関係が成り立っているのだ。

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