青蛙祭実行委員会よりお知らせです。

室岡ヨシミコ/電撃G'sマガジン

【青蛙祭】プロローグ-①:台風の夜とおさかなトンネル

「星輪せいわ祭実行委員会よりお知らせです。台風○号が接近しています。生徒のみなさんは準備を切り上げ、速やかに下校してください」


緊急の校内放送が流れると、クラスメイトたちは作業の手を止め、顔を見合わせた。


「どうする?」


「今やめたら前夜祭、間に合わなくない?」


「でも、このままじゃ帰れなくなっちゃうし」


「だね。実行委員も帰れって言ってるし」


やむを得ず帰り支度を始めたクラスメイトのひとりが、手を止めない私に声をかけてきた。


「帰らないの?」


「だって、やる事いっぱい残ってるし……。せめてこの作業だけでも」


皆が困った顔で見ているのに気づき、私は咄嗟に笑顔を作った。


「あ、大丈夫! あとは私ひとりでも。実行委員に怒られるまでなんとかやってみるよ!」


「そう? じゃあ、無理はしないでね」


クラスメイトたちはちょっと申し訳なさそうに、でも安堵の表情を浮かべて帰っていった。


みんなで協力すればすぐに終わる作業だけど、こんな日に無理強いなんてできない。それに……手伝ってってお願いするより、自分でやってしまったほうが楽だから。お願いなんかして、相手に負担をかけるのは嫌だから……。


教室の入口に飾るバルーンを黙々と膨らませているうちに雨風は更に強くなり、ガタガタ揺れる窓の向こうでは雷鳴が轟き出した。


しばらく帰れそうもないし、と開き直って作業を続けようとしたその時——校舎の電気が一斉に消えてしまった!


停電!? 懐中電灯の代わりにスマホを探してみたけど、暗闇の中で見つからない。


怖くなって教室を飛び出し、暗い廊下をさまよい歩いていると、うっすらと光が灯る教室を見つけた。恐る恐る中に入ってみると、そこには沢山の海の生き物が展示されていた。


「……海の底みたい」


作り物の魚や珊瑚を照らす光の元を辿っていくと「おさかなトンネル」と書かれた展示物の前に行きついた。中を覗いてみると、段ボール製のトンネルに折り紙や銀紙で作った魚の群れが飾られていて、なぜか魚たちのうろこがキラキラと光を放っている。


「え……なんで……?」


気になって中に入ってみると、光るうろこの正体はミラーボールだった!


ミラーボールの放つまばゆい光が、銀紙でできたうろこに反射してキラキラと輝いていたのだ。


「よくできた展示……あれ?でもなんでここだけ停電してないんだろう」


不思議に思いながら奥へと進んでいくうちに、少しずつ雷や雨の音が遠くなっていく。


「ん? そういえば、トンネル長過ぎない?さっきからずいぶん歩いた気が……」


疑問が浮かんだ次の瞬間、目の前がぱぁっと明るくなり、私はトンネルの外に出ていた。


そこは学校の校庭で、目の前には私が通っている市立星輪ほしのわ高校の校舎とよく似た建物がある。けど、校舎を見上げると……!


「何あれ!?」


屋上には巨大な水槽のようなものが乗っていて、そこから校舎の四方にうっすらと光る透明なパイプが伸びていた。更に、校舎の窓からは、木の枝や巨大な珊瑚のようなものがはみ出している。


「どういうこと?」


周囲を見回すと、校門にはポップなフォントで「青蛙祭」と書かれた看板が立てかけられていた。


「アオガエルマツリ?」


思わず声に出してつぶやくと、クスクスと女の子の笑い声が聞こえてきた。


「転校生ちゃんは何も知らないのだなぁ」


振り返ると、緑色の雨合羽を着た女の子が、アジサイの花壇にちょこんと腰掛けている。


「セイワ祭。我が校、青蛙せいわ高校の歴史と伝統ある文化祭のことなのだ!」


「そうなんだ……えっと、お嬢ちゃんは?」


「お嬢ちゃんとは失敬な! わたしの年齢は……いや、その話はやめておこう」


女の子は、こほんと小さく咳払いをすると、幼い顔に全く似合わない付け髭を口元に当ててふんぞりかえった。


「わたしはこの学校、青蛙高校の学校長! これからは気軽に校長先生と呼んでほしいのだ!」


得意げに喋り出した瞬間、緑色の雨合羽の裾から、オタマジャクシのようなしっぽがぴょこんと飛び出す。


「ええっと……ハロウィン……的な?」


「そんな仮装したちびっこがお菓子をもらう祭りとは全然違うのだ!」


どう見ても仮装したちびっこにしか見えない女の子は、またもや付け髭を口元に持ってきて、得意げに語り出す。


「青蛙祭は青蛙高校に代々続く秋の祭典! その歴史は……」


校長と名乗る女の子が語り出そうとしたその時、話を遮るように空が暗くなり、ポツポツと雫が落ちてきた。


「……雨?」


「やれやれ、転校生ちゃんは知らないことだらけだなぁ。雨ではない。クジラなのだ!」


「クジラ?」


校長に促され空を見上げると、大きなクジラがゆったりと空を飛んでいた。


「飛んでる……? クジラなのに!?」


「まさかホシクジラを見るのは初めてなのか?」


「ホシクジラ?」


「はーっ、転校生ちゃんは本当に何も知らないのだなぁ。クジラはかつて海にいたが、進化の途中で空を飛ぶ者が現れた。それをホシクジラと呼んでいるのだ」


校長の解説をポカンと聞いている間に、クジラは体にまとわせた水の帯から水滴をポタポタ落としながら、ゆったりと校舎の影に消えていった。


「転校早々、ホシクジラに会えるなんて、転校生ちゃんはなかなか強運の持ち主なのだ」


「ねぇ、さっきから言ってる転校生ちゃんって?」


「おや、転校生クンの方が良かったか?」


「そうじゃなくて! 私はただ、そこのトンネルから……あれ? ない……」


トンネルが跡形もなく消えていることに動揺していると、校長は呑気に尋ねてきた。


「トンネルというのは段ボールでできたアレのことか? 中にミラーボールがある」


「それ! さっきまでそこにあったの。あなたも見たでしょ?」


「いや、わたしが見たのは確か2階の教室……あれ? 3階か? とにかく文化祭の出し物にそういうものがあった気がしただけなのだ」


「文化祭の出し物……トンネル……! それってつまり、あのトンネルが元の世界とこの世界を繋いでいるってこと?」


「難しいことは知らないのだ! でも気になるなら探してみればいい。さっそく教室を回ってみよう」


校長は私の手を握り、ずんずんと校舎の中へと進んでいく。


ついていって大丈夫かな……でもトンネルは見つけなきゃだし……。


この後、大変なお役目を課せられることになるなんて思いもせず、私は後者に足を踏み入れた。


≪続く≫



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