第八破天荒! 真夜中のレディ(位置について!)!!!


 真夜中を黒馬が征く。


 かっぽかっぽ……。

 かっぽこかっぽこ……。

 おっと、あんな所に草が生えてるぞ~。ムッシャリムシャムシャおいしいな~。


 ……おっとり呑気な黒馬に跨がるトラエスタは、必死の思いで鞭を振るう。


「道草食ってねぇで走れオラアアアアア!? 覇アアアアッ!! 覇ッ! 覇! 覇! 覇ッ! ……はぁぁ~……」


 しかしいくらYAKIを入れても、お散歩気分の馬は走らず。やがて跨るトラエスタは、大きなため息と共に下を向いた。

 俯くトラエスタの遥か下には黒黒とした暗雲が立ち込めている。バイクに跨り街を駆けた、前世の光景よりもっと高く恐ろしいその鞍上の景色は、レースに出遅れたトラエスタの心をへし折るに十分だった。


 ――どうしてあたしはいつもこうなんだ。苛ついて、破れかぶれに、誰彼構わず噛みついちまう。後のことなんて考えずに、特攻カマして自滅しちまう。……前世の親父もダチ公共にも、最期までそれで迷惑かけたのに。


 目から溢れる汗を零さぬよう、瞑った先の暗闇には、いつも夢に見る前世の父の、大きな背中が揺れている。それは裂帛の気合と共に大きな拳を突き出し続け、そしてやはり、彼女に何も答えてくれない。

 いくら縋ろうと一向に物言わぬ父の背中に絶望したトラエスタは、手綱を握る手を緩め、やがて全てを諦めた。この世界に殺される哀れな悪役としての運命を、受け入れ馬から降りようとした。


 後方より紅き熱風が通り抜けたのは、正にその時のことであった……!!


 ――ブロロロオオオオンッ!?

 ――パァーーーーンッ!? パォンパァンパァーーーン!?


 聞き覚えのある改造マフラーの嘶きと共に! 焦げ付いたガソリンの香りが充満する!!


「!? この匂い、この音は……!?」


 懐かしき国道(サーキット!)の空気に顔を上げたトラエスタの前にはいつの間にか!? 警告色(タイガーカラー!)のド派手な単車が!! 仏血義理の速度で爆走している!?

 これは夢か幻か!? 訝しむトラエスタに振り返り!! 確かにそれは声を発した!!


「よぉ兄弟。……随分シケた顔してっけど、なんか嫌なことでもあったのかい?」


 ノーヘルでこちらに振り向いた騒音の主は! 短ランにボンタンを纏い! 金色の王冠(金髪リーゼント!)を戴くその謎の漢は! トラエスタに向けニカッと笑んだ!! ……歯抜けだッ!?

 前世で見慣れた昭和ヤンキースタイルのその漢は……!? もしや……!? もしやすると……!?


「いや誰だよテメェ!?」


 トラエスタが発した当然の疑問を受け! ファンタジー世界には不似合いな単車の主は! 陽気な蛇行運転を始めるのだった!!


「オレっちは風の精霊セロニアス・勝(マサル!)。夜露死苦機械魔犬(ヨロシクメカケルベロス!)! ワンワン!」

「セロ……!? 風のせいれ……!? メカドッ……!? はぁ~……!?」


 なんという情報量か!?

 自らを風の精霊と称するリーゼントのドヤンキー・セロニアス氏をじっと見つめた後暫く! しかしトラエスタは漠然と理解するのだった!!

 美皇子♥恋迷宮は恋と魔法のファンタジーADVGである!!

 主人公を含む主要な登場人物達は! 自身の守護精霊を使役することで! 摩訶不思議マジカルを巻き起こす!!

 そう! ならばつまりこれは……!? リーゼントのセロニアス氏は……!?


「じゃああんた、あたしの守護精霊だってんスか……!?」

「今はそんなめんどくせぇ話してる場合じゃねぇだろ、寅子ちゃんよお? いや、今はトラエスタか? ……詳しい話は、オレっちにも良く分かんねぇし」

「分かんないんスか!? 自分で風の精霊とか言っといて!?」

「そ。オレっちに分かんのは自分が風の精霊だって事と、今自分の兄弟(キョーダイ!)が泣いちまいそうだって事だけだ」

「……別に、あたしは泣いてなんかないっスけど」

「ヘッ! 意地っ張りなシクスティーンじゃねぇの、トラちゃんよお?」

「今自分七歳っす。……もうあたし、どうしたら良いか分かんねぇんスよ。夢の中の親父も、もう見えねぇアイツ《リガルド》の背中も、この馬鹿ウマも、あたしに何も言ってくれねぇから……」

「……」


 ―― ブ ロ ロ ロ オ オ オ オ ン ! ?


 突如吹き出した騒音に!! 俯くトラエスタは前を向いた!!

 その目前にあるセロニアス先輩(パイセン!)の大きな背中は!! 燃えるような熱風を巻き起こしている!?


「だったらオレっちが思い出させてやるよ。……寅子、テメェは今までどうやって生きてきた? 不器用で尖ったナイフみたいなヤツらと、今までどうやって分かり合ってきた?」

「……!」

「魅せてやれよ寅子。オメェのでっけぇ背中をよ、今はまだ遠くに居るアイツを追い越して、破滅フラグ(ピリオド!)の向こう側でよぉ……!」

「……!?」


 ――ブロロオオオオオオオン!? パラリラパラリラァアアアアアアアッ!?


 騒音を撒き散らし!! 守護精霊(パイセン!)の背が闇を駆け消える!!

「先に行って待ってるぜ。あの丘の上、キレーな星が見える場所でさ……」

 彼の残したその言葉が!! 排ガス臭い熱風の中渦を巻いて!! トラエスタは強く手綱を握り直した!!


「 ・ ・ ・ 覇 ア ア ア ア ア ア ア ア ア ! ! 」


 トラエスタの叫びに呼応するように!! 目覚めた荒馬が嘶きを上げる!!

 かくして猛然と駆け始めた!! 熱く滾る夜の風を追い越さんばかりのその仏血義理の走りは!!

 転がるように坂路を超えて!! 蹄鉄の跡を焼き付ける!!

 その遥か先を進んでいたリガルドは! 聞いたこともない爆音が自身を追い越したような幻覚に囚われ!! 少しばかり後ろを振り返った!

「……トラエスタ?」

 悪寒にも似た気配を感じたリガルドは!!  ともすれば震えそうになる自身の背筋をピンと伸ばした!!

「……いや、何かの聞き違いだ。これだけ距離を離されては、いくら彼女でも追い越す気は起きないさ」

 トラエスタの負けん気を挫くため! 序盤で無理に走らせた馬を!! 今は緩く御すリガルドは!! そう自分に言い聞かせながら!! しかしなぜか後方の暗闇から目を離せず!! やがて信じられぬ光景を目にするのだった!!


「 覇 ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ ! ! ! ! 」


 雷鳴のような咆哮が轟き渡り!! 巨大な黒鹿毛が迫り来る!! それに跨るトラエスタは!! もうリガルドの背など見ていない!?


 ――真剣(マジ!)でやれよ、漢なら。


 リガルドの耳元へ何者かが囁いたと思うと同時!! トラエスタの大きな背中は!! リガルドを追い越したッ!!


「……!? 待てトラエスタッ!? 君は本当に、私の知ってるトラエスタなのか!?」

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