音楽を諦めた少年少女達がバンドを結成してみた

桜坂 はる

第1話 失意の果てに

 幼いころ。まだ、私が無邪気な私でいられたころ。一つのテレビ番組が私の人生を一変させた。その番組には一人の女の子が映っていた。私と同じくらい……十歳くらいだったと思う。凄く可愛い子だった。内容はいまいち覚えていないが、確か彼女が出演するミュージカルの舞台後特番だった気がする。そのなかで、彼女の一言が私の心に響いた。


「私は歌が大好きなんです。そして、私の歌を聞いて喜んでくれるお母さん、お客さんの笑顔も好きなんです。だから、私の夢は歌で世界中のみんなを笑顔にすることなんです! 」


 彼女はそう力強く言い切ると屈託のない笑顔を画面に向ける。私もこの人みたいになりたい、そう思った。自分でもかなり単純な動機だと思う。何でも形から入る私は歌ってみたり、はたまた演劇なんかも少しかじった。結局、どれも長続きしなかったけど……。それでも、私は作曲を見つけた。最初に曲を作った時はお父さんもお母さんも褒めてくれた。それが嬉しくて、楽しくて夢中でたくさんの曲を作った。でも、私はすべてを失った。希望も、生きがいも、音楽も、友人も……そして、家族も。


    ◇


「……夢か」


 何故かとても懐かしく悲しい夢を見た気がした。徐々に覚醒しつつある思考をフル回転させる。どうやら、昨日は作曲しながら寝落ちしてしまったようだ。痛くなった腰をさすりながら何故か目じりにたまっていた涙を拭う。あ、投稿し忘れてた。昨日作ったばかりの新曲がフォルダに入っている。私は急いで投稿サイトに楽曲をアップロードする。私は作った楽曲をボーカロイドに歌わせる、いわゆるボカロPというやつだ。私は気にしたことないが、そこそこ有名らしい。中学の頃、クラスの女子が話していたのを聞いたことがある。私は『ラスト』と名付けられたアカウントの最初に出てきた楽曲をクリックする。


「……まだ、ダメなんだ」


 コメント欄を見てそう呟く。コメント欄は『ヤバい、心が震えた』『なんか作者の痛みが深く心に刺さる気がする』などで支配されていた。私はこんな音楽を作りたいわけじゃない。もっと、誰かの希望になれるような……。私はデスクの隣に無造作に山積みされているCDを見遣る。私だって好きで作曲しているわけじゃない。私が作り続ける理由は一つ、贖罪だ。私は周りの希望や未来、幸福をすべて奪ってしまった。私は、自分自身を許せるようになるその日まで、曲を作り続けるしかないのだ。


「そういえば、今日から高校生か……」


 足元に落ちている、一枚のプリントが教えてしてくれる。『新入生ガイダンス』と書いてあった。言い訳のようだが、決して忘れていたわけではない。新曲の準備で頭から抜けていただけなのだ。私は電車で一駅、通学時間三十分くらいの学校に行く支度を始める。この微妙な距離感の学校を選んだ理由は単純、外を長時間歩きたくなかったのと、かつてのクラスメイト達と関わりたくなかったからだ。からだ。リュックを背負う。こういう時、事前準備は大切だと思い知らされる。


「行ってきます……」


 誰もいない部屋に向かってポツリと呟く。私は毎度のことのように手慣れた手つきでを装着すると、生活感の無い部屋に背を向ける。これで、何も聞こえない。こうして私、水瀬みなせ凪音なおの高校生活一日目はスタートした。

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