第5話
地面に崩れ落ちた三島に、五郎は絶句したまま動くことはできなかった。
岬は地を蹴ると、瞬時に五郎の懐に潜り込む。横に一閃、降り抜かれた太刀は、割り込んできた太刀に弾かれる。マキの太刀が隙間から割り込んでいた。
岬は後ろに跳ねると、眼鏡を深く掛けなおした。
「殺ったと思ったんですけどねぇ」
「五郎、しっかりしなさい!」
岬とマキは、一息もつかずに太刀を構えて飛んだ。
夜の闇に火花が舞う、金属同士が激しくぶつかり合い、太刀が空気を切り裂く音が連続する。岬とマキの斬り合いはまるで陣地の取り合いのようであった。次に動けるスペースを確保しながら相手の動きを誘導し太刀を振る。何も知らないものが見れば、お互いが相手の攻撃先に先回りしている奇妙な光景に見えたであろう。
五郎も我に返り、マキの援護をしようとリボルバーを構える。そこで初めて、五郎は二人の力量差に気が付いた。
岬は常に五郎の射線に入らないように立ち回り、時にはマキを盾にして、五郎からの射撃が不可能な位置で立ち回っている。マキはそのことに気が付いていながらも、それを修正することができずにいるようだった。
険しい顔をしているマキと、表情一つ変えずに太刀を振る岬との優劣は明らかになりつつあった。息が上がり始めたマキは防戦一方になり、攻撃を凌ぐのがやっとである。
岬が太刀を突き出し、マキは必死に首を傾け間一髪で刃を避ける。頬に血が伝うのを感じながら、マキは岬が太刀を戻す前に攻撃を仕掛けようとした。
この攻撃は不用意なものだった。この隙は岬があえて作ったものである。マキの太刀が岬に届くよりも早く、岬の前蹴りがマキの腹に突き刺さっていた。
マキの太刀を振る勢いも合わさり、岬の蹴りはマキの呼吸を一瞬奪う。
岬はマキに太刀を振り下ろそうとした。
「クソっ!」
しかし、そこに五郎が飛び込んできた。
五郎はマキと岬の間に滑り込みながら銃を連射する。
岬は五郎の腕の角度から絶対に銃弾が当たらない隙間を計算すると、そこに飛び込んだ。どれだけ五郎の速射の腕が優れていたとしても、銃口の先に敵がいなければ意味はない。
そして、それがわからない五郎ではなかった。
五郎の狙いは、岬の視界を塞ぐことにあった。
黒色火薬を使っている拳銃は発射の際に大量の煙をまき散らす。それが6発連続で行われたために、五郎の周囲には煙幕のように煙が漂っている。硝煙は岬の網膜を刺激し、彼女の視界を不確かなものにした。
そして、岬は五郎の銃弾を避け切った不安定な体勢である。
この状態で、岬の位置を把握し、なおかつ視界を奪われていない攻撃可能な人間はマキ一人であった。
岬が息を飲む。岬の太刀は五郎に向けられており、マキの太刀筋がわからないこの現状では回避不可能である。
煙を切り裂きながら飛んできた低い軌道の太刀を交わすことができず、岬は腹部を深く切り裂かれて崩れ落ちた。
岬は太刀を手から落とし、血が噴き出す腹部を抑えたが、自身の口からも血があふれ出していることに気が付くと諦めたように笑った。
「……ごめんね」
岬はあおむけに倒れこむ。腹部から血が沼を作り、岬を飲み込む勢いで広がる。
途絶えかけの声でそう言い残し、岬は絶命した。
苦悶の表情で彼女は死んだ。
しばらく立ち尽くしていた二人だったが、やがてその場を立ち去った。
鉄と硝煙の香りだけがその場を漂っていた。
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