『不可抗力』

早朝。



太陽が地平線から顔を出さず、薄暗い空が広がる時間。そんな時間帯に一人の少女は目を覚ました。



「ふわぁ……」



息を漏らすような欠伸をして起き上がる。欠伸をしながら自分の服を確認し、



「うわ……私、下着のまま寝ちゃってたんだ……」



少女はそう言ってため息を吐く。昨日は久しぶりに自分だけが独占できる日だったので、色々と羽目を外してしまったのだ。

その証拠として彼女の周りには脱ぎ散らかした衣服が落ちていた。



「……激しく……しすぎた?でもでも激しくしないと和馬の印象に残らないかもだし……」



独り言を言いながら少女は自分の身体を確認する。彼女の肌には赤い跡がいくつか残っており、誰が見ても情事の後だとわかるだろう。



「……こんなに跡が付いてるのなんて和馬ってば本当に私のこと好きなんだから~」



愛されている。それは少女――春香の中では一番嬉しいことだった。だから彼女はいつもより激しい行為をしてしまう。

どうせ、今日は一日中休みだし、春人も帰ってこないし



「……がぷり」



と、首筋を強く噛む。所謂甘噛みだ。自分のものだと刻み込むための行為である。



「……また増えたね?和馬」



スヤスヤと寝ている和馬を見て微笑みを浮かべる。無防備に寝て、襲ってくださいと言っているようなものだ。現に襲いたくなる衝動を抑えるので精一杯だったりする。



でも、今日はだめだ。何せ、もう終わるからだ。この甘々な時間も、今日で終わる。いや、正確には明日なのだが、それでも終わりであることに変わりはない。



「…今のうちに、春人に嫌がらせしておこう」



別に春人のことが嫌いじゃない。和馬を独占する日を設けたのは自分だし、それに文句を言うつもりもない。ただ、それでも。



「私の想い人が何かされているのは嫌だもの」



我儘だと思っている。触れられているだけで満足なのに、それ以上を求める自分がいる。もっと触れて欲しいと思う自分がいる。



それは春人も同じだろう。だけど和馬は優しいから、そんなことを知ってしまえばきっと傷つくだろうし、いつも以上に無理をさせてしまうだろう。



それがわかっているからこそ、自分は和馬に何も言わない。今この状況すら贅沢なんだから。

ただ、やっぱり少しだけ寂しいとは思ってしまう。



「キスマークは……いっぱい付けてて私のキスマークか春人のキスマークかなんてわからないし」



三人でするときはもっと曖昧だ。三人でする時は全員酒を飲むときが多いのだが、その時の記憶はあまり残っていないことが多い。酔った勢いという奴だろうか。とにかく曖昧なのだ。



ただ、和馬の首筋や胸元にキスマークがあると何とも言えない幸福感に満ち溢れる。今じゃ、和馬は監禁されているようなものだ。仕事もしてないし、ずっと家に居てくれる。



それだけでも十分すぎるほど幸せなはずなのに、欲張りになってしまう自分に呆れてしまう。



この前なんて、急に入った仕事をこなし、遅くなったら和馬が春香の胸元に抱きついて涙目になりながら、『一人に……しないでぇ……』と誘ってきた。



否、和馬からしたら誘ってないのかもしれない。しかし、春香からすれば誘われたようなものだ。理性などすぐに吹き飛んでしまった。



あの時の和馬の表情と言ったらない。普段なら絶対に見せてくれないだろう蕩けた顔。それを見ることができたのは本当に嬉しかった。



だから急に入った……恐らく、春人の嫌がらせである仕事も、いつもなら文句の一つくらい言うところだが、今回は許そうと思った。



昨日は自分の仕事のミスが原因で遅くなったのは完璧に自業自得だし、春人なら仕事ミスなんてしない。春香は春人と違い、そんなにスペックは高くないし、頭も良くないし



「でも、スペックが高くないからこそ……」



こんな可愛い和馬を見ることが出来た。春人は春香の嫌がらせで仕事を追加しても数時間後には終わらせて真っ先に帰っていくから嫌がらせなんて通用しないしないのは明白だった。



でも――



「流石の……春人も妊娠だけは勝てないよ」



春人は男だから産ませられないし、それは女の特権だと思う。それに子供が出来れば、和馬を繋ぎ止めることが出来る。

今だって充分繋ぎ止めれている思うけど、やはり不安になる時もある。



「ん……」



そんなことを思っていると、和馬が起きたようだ。まだ寝ぼけ眼を擦りながらこちらを見つめてくる。その瞳には自分が映っていた。



あぁ、幸せだな……。

ふいに涙が溢れそうになった。それを堪える為に目を瞑ると、唇を奪われた。

そして、そのまま押し倒される。



「え……?」



突然の攻め。それは春香が予想していた行動と全く違うものだった。いつもは和馬から求めてきて、それに応えるように自分が攻める。そういう流れだったはずだ。



「ちょ、ちょっと待って……っ。き、今日は駄目なんじゃ……?」



「関係なぁい……」



……完璧に寝ぼけている。完全にスイッチが入っている和馬だ。……今日はしては駄目な日。それは三人で決めたことだ。



だけど――。

和馬に求められている……そんな状況下は予想されていない。所謂、不可抗力と言うものだ。



だから、これは仕方がないこと……と、そう言い聞かせて、たっぷりと和馬に愛された。

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