二十六話 『鈴宮奈緒』
私――鈴宮奈緒は自分で言うのもなんだけど、絶頂の美女だ。
これは自己評価ではなく、れっきとした世間の評価である。何せ、学校ではそう言った声が絶えないし、街を歩けばモデル事務所にスカウトされることは度々ある。
そのせいか調子に乗っていた。鈴宮奈緒は男なら誰でも落とせると本気で思っていた。実際、今まで付き合ってきた男は二桁に上る。
だが、奈緒の心は満たされず、ただ空虚感だけが募るばかりであった。奈緒が愛想を振り撒けば簡単に落ちる男達。それは滑稽で醜い物にしか見えなかったが、奈緒はそれでもよかった。
束の間の時間でも奈緒のことを褒め称えて、愛してくれる。それだけで良かったのだ。奈緒にはそれしか無かったから。
そんなある日のことだった。
「私ね!好きな人と付き合うことになったの!」
友達である春香の幸せそうな笑顔を見て、心底妬ましい、と思ってしまった。親友だなんて建前で本心は見下していた女が自分より先に幸せになった。
誰よりも幸せそうにし、綺麗になる春香を見ていて思ったのだ。羨ましい、と。そして、自分の中に芽生えた醜く黒い感情に気付いてしまい、恐ろしくなった。
だから奈緒はその感情を押し殺して祝福した。
その日から何だか調子が悪くなり、男を誑かすのも、する気が起きなくなった。そして次第に、男という存在自体に興味が無くなっていった。
そんな時出会ったのが――。
「奈緒!」
そんなことを思っていると肩を叩かれて振り向く。するとそこには――、
「……先輩。迎えに来てくれたんですか?」
「うん。奈緒と一緒に帰りたかったし」
篠宮光輝。奈緒の彼氏であり、男を誑かすのも辞めよう、と思ったきっかけの人物でもある。
「後、お嬢様のことも……」
「………お嬢様?」
お嬢様。度々、口に出される存在だ。何処の誰なのかは知らないが、光輝の口からその存在を出されると奈緒は複雑な心境になる存在だ。
最も、そこら辺を追求しようとすると、まだ上手く話せない……と言われ、あまり深く詮索しないようにしているのだが。
「うん。お嬢様もここの学校だし。まぁ、あの人が近くにいるから大丈夫だと………」
「あれ?光輝?」
身に覚えのある声が聞こえてきた。聞き間違えるはずもない。だって先まで聞いていた声が……
「カナちゃん……?」
「あれ?奈緒ちゃんが光輝と何で一緒にいるの?」
石田カナ。石田家の一人娘であり、奈緒と友達になった子である。最も、転校してきたときは利用しようと思った存在なのだが、話している内に春香と同じで徐々に振り回され、いつの間にか仲良くなっていた。
「え?二人知り合いなの?」
「知り合い……というか友達だけど」
「そうそう!二人は?」
ワクワク、と言った様子で聞いてくるカナ。光輝は困ったような笑みを浮かべるが奈緒は光輝の腕に絡み、
「私達付き合ってるの」
満面の笑みで言うと、一瞬の間を置いてからカナの目は大きく見開き、驚きの声を上げる。
「嘘!?知らなかった!光輝!それなら早く言ってよ~~!水臭いじゃん!」
「いや…お嬢様にそんなこと言うのも失礼かなって思ってさ……。それに、奈緒はあんまりそういうこと言いたくないみたいだったし……」
「そっかー……。でも、奈緒ちゃんと光輝か……うん!いいと思う!……あ、透さん来たー!お邪魔してごめんね!また明日ね!」
そう言って走り去って行くカナを二人は呆然と見送りながら、
「お嬢様ってカナちゃんのことだったんだ?全然気付かなかったけど」
「ごめん……僕の家は複雑で厄介だから奈緒に心配かけたくなくてさ……」
「そっか……でも、お嬢様がカナちゃんだった……というのは早く聞きたかったなぁ。私、もやもやした気分だったんだよ?嫉妬してたんだよ?そのお嬢様に」
奈緒の言葉に光輝は苦笑いを浮かべると、頭を撫でながらこう言った。そして、
「ごめんね……。今度からは全部話すようにするからさ……」
「……分かった。なら、今日は家に泊まって……それで許すから」
「えっ?それはちょっと…旦那様に許可取らないと……」
「許可?カナちゃんでいいじゃない。許可は。私から話しといてあげる。だから今日は私の部屋に来て寝ること。これは命令です」
「うぅ……はい……」
上目遣いでそう言われたら光輝はもう逆らうことは出来ない。こうして、光輝は奈緒の家に泊まることになったのであった。
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