二十一話 『氷室和馬』
氷室和馬は鈴木春香が好きだ。それは紛れもない事実であり、今でもその想いに変わりはない。
幼馴染だったから小さい頃から一緒にいて、いつも傍にいた。
いつ好きになったのかもきっかけなんて忘れてしまった。だってずっと好きだったから。だから春香が告白してくれた時、嬉しかった。
この上なく幸せだったし、実際仲もそんなに悪くなかった。だけど、それからだろうか。春香と同じく、幼馴染である春人が和馬達を避け始めてきたのだ。
最初はただ単に忙しいだけなのだと思っていたが、徐々に避けられているんだと分かった。
と、言っても自分とは普通に話せているし、特に喧嘩している訳でもない。春香だけ露骨に避けていた。
理由は分からない。だけど、辛そうな表情をしながら春香を避ける春人には何かあるんだろう、と思ってやまなかったし、その頃から春人は女に手を出して巷では『女たらし』だの『チャラ男』だの言われていた。
何で急に女に手を出したのか、よく分からなかったし、春香を避ける理由も理解出来なかった。
そんな時に、春人とカナの婚約パーティに招待された。あの二人が婚約者同士だと知った時は驚いたし、彼女と初めて話した時、凄く怯えられていてショックだったが、それは謝ったし、彼女も謝ってくれたのでそれは問題はなかった。
だが、問題はその次にあった。カナと春人が婚約破棄をしたのだ。突然な展開すぎて全く意味がわからなかったし、春人も春人でノリノリで婚約破棄してて意味不明な展開になっていた。
ショックで自暴破棄になったというわけでもなく、本気で婚約破棄する気らしい。そしてそれを問い詰めたら凄く悲しそうな顔をしていて逃げていった。
「ど、どうしよう……!和馬!春人が……!」
「俺が追いかけるから春香は鈴宮さんと一緒にいろ!俺は大丈夫だから!」
「わ、わかった……。お願いね……」
そんな声を聞きながら和馬は春人を追いかける。春人は足が早く、いつも持久走では負けてしまうのだが今日だけは追いつけた。いつも和馬が春人の背中を追いかけていたのに。
だが、今日だけは違った。追いかけている途中で春人が立ち止まり和馬に向かって怒鳴ったのだ。
「……何で!何で俺を追いかけてくるんだよ!?放っておけよ!」
「放っておけるわけがないだろ!?親友なんだから!」
これは本音だった。春人は大切な親友だし、放っておくなんて出来ない。それに――。
「婚約破棄……本当にショックじゃなかったの?」
どうして泣いているのか。長年一緒にいた和馬にも分からない。……和馬にとっては真剣な質問をしたつもりだが、春人は鼻で笑った。
「婚約破棄なんてショックでも何でもねぇ。石田カナは興味はあっても惚れたりはしてないし」
あっけらかんとそう言った。なら何故泣いているのか。そう聞こうとしたとき、
「俺が好きなのも……俺が欲しいと思ってるのは――」
「ほ、欲しいと思ってるのは?一体誰なの?」
辺りは静寂に包まれ、風の音が聞こえるだけで何も聞こえない。そんな中で春人は答えた。
「――俺はさ、お前のことが好きだ」
「え……?俺も好きだけど」
咄嗟に返した言葉。だって春人のことは好きだから。
春人が何を言っているのか理解できない。
そんなことを思っていると、春人はため息を吐きながら、グイッと腕を引っ張って強引に唇を奪った。
急なことに頭が真っ白になるし、意味が分からなかった。
「ちょっ!?何を――」
きっと今の自分は顔が真っ赤だろう。
慌てて離れようとしたが、春人に抱きしめられてしまい動けなくなり、春人は溺れるようにキスを続けた。
別にキスするのは初めてではない。春香と付き合ってから何度かしている。だがこんな風に無理やりされたのは初めてだ。
「好きだ。大好きだ。和馬」
そんな春人の声を聞きながら、何度も何度も春人にキスをされ、そしていつの間にか気を失ってしまった。
△▼△▼
目が覚めるとそこは見慣れた天井だった。
「……春人の部屋……?」
小学生の頃、何度か泊まりに来たことがある春人と春香の家だ。
中学生の頃も遊びには行っていたが、春人と春香の父親の感じの目が強くなってからは一回も泊まったことは無い。
「そうだ……春人は……」
どうしたのだろう。と思った瞬間、先の出来事を思い出してしまった。
「……春人とキス……」
「……何?俺とキスがしたの?和馬?」
からかうような口調で、いつの間にか自分の部屋に居た春人。そしてベッドの横にある椅子に座ると、こちらを見て微笑んでいた。
「……うわっ……び、びっくりした……!」
「びっくりしたんだ。……なんで?」
「何で……ってお前……」
再び揶揄うように聞いてくる。そんな春人を睨むようにして見ると彼はニヤッとして口を開いた。
「和馬キスのこと気にしてるんだ?意外とウブだよね~」
「ち、違うよ!春香とキスはしたし!」
「ふーん。春香、とねぇ」
言ってから余計なことを言った……と気付いた。案の定春人は不機嫌そうな表情をして、
「そうなんだ。和馬のファーストキスは春香に奪われたわけね……なら、ディープは?春香とはもうしたの?」
「なっ!?」
「その反応はまだ?じゃあ俺が初めてだな。気絶した後もディープしてたし」
衝撃の事実。というよりその時の記憶がほぼない。キスされた……というぼんやりとした記憶しかないのだ。
「俺は和馬のこと好きだよ。誰にも渡したくない。春香にも渡したくないよ。ま、初めは春香と和馬のことを祝福するつもりだったんだよ?でも、和馬が俺の気持ちなんて知らずに近づいてくるからさー。生殺し状態だったよ。でも、そんな日々ももうお終い。春香なんかに和馬は渡さない」
そう言うと春人は和馬の上に覆いかぶさり、和馬を見下ろしてニッコリと笑う。
そんな春人を見て、和馬は恐怖を感じていた。
「や、辞めろ……!春人…!」
「辞めてほしいのなら全力で俺を弾き飛ばせばいい。そうしたら俺はもう諦めるよ?」
弾き飛ばす……なんてこと出来るわけがなかった。だって相手は親友なのだから。
「弾き飛ばさないんだ……!俺と同じ気持ちだからだね!これで拒否しても弾き飛ばせなかった和馬が悪いんだからな!」
そう言いながら、春人がジリジリと距離を詰めてくる。そしてまたキスをされるのかと思い目を瞑った。
だが、一向に唇に触れてくる気配はない。恐る恐る目を開けると、
「春人!私の和馬に手を出さないで!」
ムスッとした顔をした春香がいた。その姿を見た時、春人は露骨に嫌そうな顔をしていた。
「何でここにいるんだよ……春香。邪魔しないでくれるかなぁ」
「ふざけないで。私は和馬が好きだし、春人には渡さない!絶対に!」
「それは俺も同じだよ。てゆうか、俺は一度諦めようとしたんだよ?それを邪魔したのはそっちでしょ?女漁りを辞めろって言ったのも春香なわけだし?」
「確かにそれは言ったけど……!春人が私を避けてた理由も分かったけど!それでも和馬だけは譲れないの!それに和馬は私の彼氏なの!」
春香はそう言って和馬の隣に立つ。パーティのときと同じドレス姿で和馬を誘惑し、春人はそんな春香を睨みつけていた。
「離れよ。春香」
「嫌だー!それに和馬も顔赤くしてるもんー!絶対に離さない!勉強とか運動とかは春人に負けてるけど和馬だけは負けたくないもの!」
二人からベットの上で取り合いをされ和馬は困惑し、焦っていると……
「なら、今ここで二人で和馬を襲おう。そして和馬にどっちが気持ちよかったか選んでもらう」
「望むところだわ!絶対和馬は私を選んでくれるんだから!」
そんなことを言いながら二人は和馬に襲いかかってきた。突然の展開についていけず、和馬は慌てふためく。
「ちょっ!?え!?春香!?春人!?」
そんな声は虚しくも届かず、二人は和馬を襲い掛かろうと……
「春人!ちょっとこっちに……」
その時だった。ドアが開き、そこには春香と春人の父親である鈴木正也が立っていた。
「……和馬くんを取り囲んで何をやっているのだね?春香に春人?」
怒りを孕んだ声色で二人が問いただす。すると春人は和馬から離れ、春香もハッとして和馬から離れた。
「何って……ねぇ?春香?」
「う、うん……!」
「……和馬くん。君は家に帰りなさい。車は用意してある」
「は、はい……」
有無を言わせないような口調で言われ、和馬は急いでこの場から去った。
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