『さいころパス』

やましん(テンパー)

『さいころパス』 上


 『これは、フィクションです。この世とは一切無関係です。』




 このしばらく、安楽死寺東西町(仮称)、同北南町付近(仮称)、には、恐ろしいこの世のものではない、殺し屋が出るとの話しで、もちきりでありました。


 もともと、なにかとややこしい伝説がある地域ではありますが、それは、あくまで伝説であって、現実ではありません。


 もちろん、伝説には、戦争やら、悲恋やら、なんらかの原因はあるわけですが、怪物や幽霊が実際に存在するとは、どう考えても思えません。もし本当にそうならば、この国の、政教分離の近代法体系や教育そのものが成り立たなくなりかねないですし。しかし、そうした問題が語られるのはごく一部で、それも、調べてみれば、枯れ尾花であることが普通なのだと思われます。



 この、このあたりの伝説というのは、‘’首のない馬に乗った、首のない侍が、特定の日に、辻辻を辿りながらでる‘’、というものであります。いわゆる、‘’夜行さん‘’、の系統だと思われます。たまたま、出会った人は、命を落とすか、大病をするとか言われることが多いようです。


 ‘’夜行さん‘’、の伝説は、四国に最も多いようです。


 関東にも似た伝説がある地域がありますが、おしら様など別の系統ではないかとも言われるようです。


 ただし、人間は、広く全国を巡るものですから、商売に怪談がお土産話しや、品物の付録になっていても、ちっともおかしくはないように思えます。



 さて、かの、やましんさんは、体調を崩してしまいまして、それで仕事も辞めてしまい、両親の里である四国のとある町に帰ってきていたのです。


 まさか、ホントに切り裂きジャックみたいなのが出るなんて、思いもしなかったのですが、ここしばらく、毎月、夜行日と言われる決まった日になると、殺人事件が起こるというのです。

 

 疑り深い、やましんが調べたところでは、確かにここ半年、実際に殺人事件や傷害事件は起こっていたのです。


 さらに、その犯人は、まだ分かっていません。


 しかし、それだけからしても、‘’夜行さん‘’、のせいにするのは、不当な言いがかりだと思えました。


 なにしろ、両親から聴いた話しからしても、その伝説は、おじいさんのもうひとつ前、つまり江戸後期にはすでに存在していたようですから、半年前から、急に‘’夜行さん‘’、が出現する理由は、なさそうですから。


 また、このところの事件、ないし、事故で、なんとか命が助かった人の目撃談では、確かに、首のない馬に首のない侍がのっていたと言います。


 たとえば、こうです。


 あるカップルは、当然ながら、そんな怪談を信じる理由はありません。


 この辺りの伝説では、その月、つまり、二月の子の日に現れることになっていました。


 べつに、その日を選んだわけではないのですが、たまたま、その寒い夜、ふたりは、昔から、‘’夜行さん‘’、の通り道とされる古いお堂で逢い引きをしていたのです。


 今時とはいえ、いにしえと、あまり風景自体は変わらない場所です。


 お寺の白熱電球や街灯が、LEDになったり、たまに飛行機が上空を飛んだり、船の汽笛が鳴ったり、手元にスマホがあったりはしますが。


 深夜、そのふたりの邪魔をするように、からから、ぼかぼか、と言うおかしな音が響き、やがて暗闇の中から、首のない馬に乗った首のない侍が現れたのです。


 昔の伝説では、見ただけで、災いにさらされたり、蹴飛ばされたりしたようですが、そこは、現代のこと。


 現れた侍が言ったのだそうです。


 『この、電子さいころをふれ。1か、3か、6が出たら、ふたりとも、セーフ。2なら、ひとりがアウト、4ならふたりがアウトで怪我をするか、死ぬ。7なら、ふたりとも天国ゆきだ。いざ、尋常に勝負。やらないなら、ふたりとも地獄。』


 彼女が、こわごわ差し出された電子さいころのスイッチを押して離したあとに出たのは、2、だったと。


 気が付いたら、彼氏は、重傷で倒れていたとか。


 こうしたことが、去年の夏過ぎから続いているのだというのです。


 しかも、場所は毎回違うのですが、何れも、いわゆる、人気のない、縄目筋ではあるのだそうです。


 

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