秘境喫茶エトワール
愛好栗一夢
ようこそ、秘境の喫茶店へ〜prologue〜
父は利益と華やかさを求め、僕は強い繋がりと静けさを求めた。父はこの秘境の店を去り、僕がこの秘境の店を継いだ。
これは、僕がこの店を継いでから始まった、うるさくて賑やかな日常の記録である。
『夢の世界』と呼ばれる世界のどこかにある、ほとんど誰にも知られていない秘境。
そこでは自然が生き生きと命を輝かせ、美しい世界を形成している。糸のように細く静かに流れ落ちる滝、天空を飛ぶように悠々と泳ぐ魚たち、近くにある湖には、その光景が鏡のように透き通って映され、生い茂った緑の間から陽光が優しく差し込む…まさに美しき秘境。この秘境こそ、本当の意味で夢のような世界である。
人一人すら全く見かけないその世界を歩いていけば、最奥にある大樹の根元に一つの小屋が見えてくるだろう。その小屋のドアにかけられたプレートには、『秘境喫茶エトワール』の文字。店主は今日も数少ない常連客の相手をしているのだろう。
そう、その店主こそがこの僕、アスター・ベックである。
生まれた時よりこの秘境に暮らす、世間知らずなハーフエルフの青年だ。
僕自らが外の世界に出ることはない。出ようともしない。食料も魔法で手に入れられる。生活に必要なものも揃っている。何もなくとも、一人で生活できる。僕はただ静かに暮らしていたいのだ。
しかし、やはり万能の神などいないのか。僕の願いは叶わない。
この知る人ぞ知る秘境の喫茶店にやってくるのは、誰も彼も曲者ばかり。
…ここに辿り着いたということは、あなたもきっとそうなのでしょう、お客様?
やれやれ、今日はどんな1日になるのだか…楽しみなのか、憂鬱なのか…そのどちらもか。
いつもの調子のまま、重い腰をあげ今日のお客様を迎える―。
「…ようこそ、秘境喫茶エトワールへ」
『秘境喫茶エトワール』 愛好栗一夢
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