第二十一話:セーラー服と核兵器
目が覚めると、空は明るかった。
「ん……んん」
いけない……いつの間にか朝まで眠っちゃってた。小麦は首を傾げながら欠伸を繰り返したが、そうではなかった。
夜は、夜だった。爆弾で、炸裂するミサイルで、燃え盛る建物で、街は朝のように明るかった。彼女の頭上を、小型のおもちゃみたいなミサイルが一発掠めていって、遠く東の地平に着弾した。おもちゃみたいなミサイルは、近くにいた数人の命をいとも容易く爆散させ、冗談みたいに火の中に消えていった。
「わわっ」
後から押し寄せてきた爆風と爆音に、小麦は思わず倒れそうになった。
「どうなってるの……?」
空が再び、花火大会みたいにパッと光る。慌ててその場を離れた。今更気づいたが、足元のコンクリートが鉄板のように熱を持っていた。外にいるのに、こたつの中にいるみたいに熱い。まだ冬でもないのに、もう雪が降っている……。
小麦は休める場所を探し、まだ半分だけ残っている建物の影に飛び込んだ。路地裏には、何故かひっくり返ったテーブルや椅子、パラソルが散乱していた。
自分だけかと思ったら、先に人がいた。小麦の視線の先に、ベンチがある。そこに、一人の男性が背を向けて座っていた。
どうやら参加者のようだった。
小麦の心臓は跳ね上がり、緊張が一気に高まった。生唾をゴクリと飲み込む。
男は俯き、居眠りするようにベンチに背を預けていた。 ……まだ小麦には気がついていないようだ。男が振り向く前に、こっちから先にブン殴ってやろうかしら。彼女は音を立てないようにかがみ、足元に転がっていた石をそっと拾った。
「…………」
息を殺し、そっと近づく。一歩、また一歩……やがて男の息遣いが聞こえるところまで近づいて、
「あっ!?」
小麦は思わず声を漏らした。
ベンチに座っていた男。彼は……臍から下が無かった。爆撃により、吹き飛ばされていたのだ。足だと思っていたのは、焼け爛れた内臓が、伸びきったシャツみたいに溢れていただけだった。
「ひ……!?」
男はまだ生きていた。だが苦悶の表情を浮かべ、息も絶え絶えだった。彼の足元には、小さな一匹の、黒い化け物がちょこんと座っていた。犬のような鴉のような、死神の飼っているクリーチャーだ。小柄で、まだ子供のようだ。化け物の子は、目の前の男が死ぬのを今か今かと待ちわびて、ポトポトと涎を垂らしてつぶらな瞳を瞬かせた。
焦げた匂いがツンと漂ってきた。小麦はその場に立ち尽くして絶句した。男は小麦に気がつくと、荒い息を吐きながら必死に掠れた声を絞り出した。
「くれ……」
「え……?」
「……『武器』をくれ。戦うんだ。俺は最後までたた」
その時、空がパッと光ったかと思うと、小麦の頭上からミサイルが降ってきた。
小麦が「あっ」と声を上げる前に、目の前の男は、残っていた上半身が水風船のように破裂して絶命した。小麦自身も0コンマ数秒遅れて、全身がバラバラにされるかのような衝撃と、灼熱に包まれ、そこで彼女の意識は再び途切れた。
「舞さん!!」
「待て! 抜くな! 出血が……」
耳元で、花凛と飛鳥が叫んでいる。舞は、気がつくと地べたに横になり、星空を見上げていた。
珍しく星の見える夜だった。舞が死んだ後も、見えなくても、ずっと輝いていた
これほど舞の頭上で毎晩輝いていたというのに、死後も特に余裕は無く、星を見ようとも思わなかった。今夜はその一粒一粒を、舞は食い入るように見ていた。
蒐集家の積み上げてきた『武器』の塊が、雪崩のように崩れていく。爆弾が、ミサイルが、銃が、剣が……爆発音が微かに聞こえてくる。耳が遠くなっているようだ。目も霞む。腹に刺さったままの刀が、溶けた鉄を流し込まれたかのように熱を帯びていた。
……まだ生きていたかった。
舞は唇を噛んだ。相打ち覚悟、ではなかった。死ぬつもりはなかった。生き残るために戦っていたはずだ。だけど……。
「……しっかりしろ! まだ助かる!」
遠くから声が聞こえる。助かる? その意味が良く分からなくって、舞は苦笑した。
「私は……敵だぞ?」
花凛が、舞の肩を抱いて、彼女の瞳をじっと覗き込んでいた。
「助からない方が……テメーも、都合が良いんじゃないの? ポイント入るし……」
「……命は数字じゃない」
二人はしばらくじっと見つめ合った。
「弟を……助けてもらった」
「…………」
「感謝する」
「いいよ、別に……」
「私なりのけじめだ」
「……そっか」
それ以上、会話は続かなかった。花凛は目線を上げ、さっと立ち上がると、飛鳥たちにテキパキと指示を出し始めた。舞の意識が、泥濘の中に浮き沈みした。星が遠のいて行く……。
もし助かったら……。
舞は目を閉じた。目を閉じて思った。
もう一度花凛と向き合った時、自分は、また『武器』を取り合って戦うのだろうか?
それとも他に、助かる道があるのだろうか?
WWW。
この巫山戯た大会の中で、互いに殺し合う以外の道が?
分からない。
それはまた、別の話である。
でも、もし助かるのなら……それも悪くないな、と舞は少し思った。彼女は最後、ほほ笑んでいた。
……花凛たちが舞を急いで非武装地帯へ運んで行った後。
銀座・歌舞伎座の前に、一人の男が倒れていた。
彼はまだ、生きていた。頭を撃ち抜かれ……機械化した外殻の損傷は激しかったが、内部の
やはり機械ではダメだ。彼はそう思った。
そう、エリクサーを手に入れ、そうしたら大量破壊兵器でこの街ごと吹き飛ばしてしまおう。ようやく右腕だけ修理が終わり、彼は自分の腹の中をまさぐった。核兵器の起爆装置。もしもの時のために、奥の手として取って合ったものだった。冷たい金属のスイッチ部分に親指をかけ、彼はようやく安堵のため息をついた。
これを使えば……。
首が動くようになってきた。人工細胞が熱を取り戻す。ふと、彼の視界を影が覆い、蒐集家は顔を上げた。
黒装束の死神が、いつの間にかそばに立っていた。肩にはこれまた真っ黒な、羽の生えたクリーチャーが止まっている。泥梨は
「死神か……」
「誰が死神だ」
「フン……」
地面に横たわったまま、
「何しにきた」
「君の命をもらいに」
「何?」
「何故だ? お前らは……
「嗚呼……中立だよ」
「じゃあ何故……」
「何故俺の命を奪う!? 俺は何も悪いことなんかしちゃいない! ルールは破っちゃいないぞ!」
「”永遠に戦い続ける宴”だっけ? 確かに良く出来た
「じゃあ……」
「いいや……でもやっぱり、君はルールを破ったんだよ」
「何!?」
泥梨は、
「ルール④。”
「ぐあ……!?」
「全く関係ない一般人を次々に巻き込み、敵に仕立て上げ、殺し合いのゲームに参加させる……別に他意はない。あくまで僕は公平に、感情を挟まず君を裁こう。仕事だからね」
泥梨はポトリ、と灰を蒐集家の顔に落とした。機械の顔に、その熱さが伝わったかどうかは分からない。
「やめろ! 近づくな!! 俺は……」
「スプラッ太」
「やめろ……!」
合図とともに巨大な黒羽が空を覆った。飛びかかってきた化け物に四肢を蟹か海老のように毟り取られる。残った脳細胞を探し当てられるまで、そう時間はかからなかった。
「食べていいよ」
「やめ……」
遠くから声が聞こえる。まさか……俺は、死ぬのか?
助からない?
助からない……その意味が分からなくって、男はひどく混乱した。ひどく混乱したまま、化け物の手のひらの上で、彼は容易く握り潰された。それが前回優勝者の、ありとあらゆる『武器』を集め回った男の、あっけない最後だった。
それで終わりだった。天から光が差して、神の使いが迎えに来る訳でもない。あるいは突然地面が割れ、禍々しい手がそこから伸びてきて引きずり込まれる訳でもない。劇的な音楽もない。感動的な名場面もない。ぷしゅっ。ただ、それで終わりだった。彼が最後どんな表情をしていたのか、顔がないので分からない。
「まぁ、僕個人としては……そうだな」
火の手はまだ収まりそうになかった。さっさとスイッチを回収し、木製のスーツケースの中に収める。一仕事終えた泥梨は煙草を咥え、大きく伸びをした。スプラッ太は、彼の肩に戻り、掌についた残り滓をペロペロと舐め始めた。その様子をのんびりと見やり、彼は独り言ちた。
「でもやっぱり……
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