第一幕

第一話:セーラー服と01式軽対戦車誘導弾

 月が出ていた。

 三日月が。雲はない。白い光を見上げれば、思わず目を細めそうになる程の輝きだった。


 真夜中の校庭には、今やその所々に月面クレーターと見間違うような大穴が空いている。立ち込めた白煙は勢い良く空に向かって、昇った月を掴まんとばかりに触手を伸ばしていた。


01マルヒト式軽対戦車誘導弾だ!」


 煙の向こうから、男が嬉しそうに叫んだ。01式軽対戦車誘導弾。個人携行式対戦車ミサイルである。通称『ATM』だとか『LMATラット』だとか呼ばれる代物だ。総重量は約17kg、一人で肩に担いで、毎分4発の発射が可能。もちろん軍隊などで採用されているもので、市販されていようはずもない。


 ましてや対戦車用に開発されたミサイルで、とても個人相手に使うものではない。だが男は、明らかに人間めがけてぶっ放していた。それも一人の、まだあどけなさの残る少女に対してである。


「どうした!? もう死んだか!? オォ!?」


 男が叫んだ。良く見ればこちらもまだ若い。華奢で、少年のような顔立ちの男が、夜の校庭でミサイル片手に殺し合いに興じている。およそまともな状況ではなかった。


「オラァ!!」


 雄叫びと共に、再びミサイルが発射される。『01』は赤外線を探知するタイプで、一度ロックオンすれば後は発射するだけで自動追尾する、所謂『撃ちっFire-and放し-forget』だった。弧を描いて上空に射出されたミサイルが、再び校庭に着弾し砂埃を巻き上げた。


「はぁ……はぁ……」


 男が汗をぬぐった。半壊した校舎が見える。遠くの方で、消防車のサイレンが聞こえてきた。


「見たかコラ……! 俺の勝ちだ……!」


 両手を膝につき、頭を垂れる。彼が歓喜に身を震わせた、その時である。

「甘ぇんだよ!」

 立ち込めた煙の中から、小柄な影が素早く男の前に躍り出た。


「な……!?」


 小柄な、セーラー服に身を包んだ少女。

 顔からはみ出そうなほど巨大なゴーグルに、頭にはバイクのヘルメットを被っている。身を守るものといえば、それくらいだ。あまりにも軽装。そしてその両手には、白刃が握られていた。男の目が見開かれる。

「シッ!」

 小さく息を吐きながら、ゴーグルの少女は男の顎を下から叩き割った。


「ぐあああ!!」

 途端に血飛沫が舞う。ドバドバと、返り血が勢い良く少女の身体に降り注ぐ。たまらず男は『01』を取り落とした。


 本来は車両などに乗って1km先の標的を狙うような、機動力と組み合わせて使う『武器』である。予備弾を含め約35kgを持ち歩くのは、かなり重い。敗因が一つあるとすれば、スタミナの消費量であろう。


「対人にゃ向いてねぇよ、えぇ?」


 鮮血で顔を真っ赤にしながら、その荒々しい化粧のその奥で、少女は嗤っていた。夜空に浮かぶ三日月を背景バックに、軽くふるった刀を肩に乗せた。


「ヴァ……ヴァかな……!?」


 翻筋斗もんどり打って地べたに転がっていた男が、血反吐を撒き散らしながら、驚愕の表情で少女を見上げた。


「ロックオンしていたはず……」


 痛みに喘ぐ男に、少女は黙ってゴーグルごとメットを外し、その身をずらした。赤みがかったミディアムヘアが風になびき、胸元のリボンと一緒に揺れた。露わになったつぶらな黒い瞳は、先ほど人を斬ったとは思えないほど澄み切っていた。


 少女の背中側……白煙の向こうには、粉々になった原付バイクの残骸が見える。対戦車用ミサイルの誘導は、当然エンジンの排熱などが対象となっている。彼がロックオンしたのは、少女ではなく原付の方だったのだ。


「それで、か……」

 男は合点がいった。何故少女が戦いの場に、原付バイクに乗って現れたのか。戦う前から、こちらの『武器マルヒト』を把握されていた。事前に対策されていたのだ……。


「テメ、中学生だろ?」

 男が吐き捨てるように笑った。強力な『武器』を引き当てたが故の油断。刀がミサイルに勝てるはずがないという思い込み。的確な状況判断の怠り、浮き足立った粗雑な戦術……。


 その呼吸は、次第に荒く、小さくなっていった。もう長くない。少女の目にも、それは明らかだった。

「法律違反だぞ……」

村正むらまさ

『はい?』


 少女は持っていた刀に語りかけた。村正と呼ばれた刀は、返事をした。


「だってさ。法律違反したら、ダメなのか?」

『そんなルールはありません。少なくともこの”戦い”においては』


 刀から落ち着き払った声が届き、セーラー服の少女は肩をすくめた。男は観念したように目を瞑った。


「だとよ。死んどけ、オッサン」


 血の匂いに当てられたかのように、その少女……宇喜多舞うきたまい……は嗤い、そして担いでいた刀をそっと天にかざすと、そのまま男の首を斬り落とした。

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