第A話『人という字は』
「セリーヌお坊ちゃま。今日はまた随分と早いお目覚めですね。まだ6時4分でございます」
それはユニヴェルスも同じ事じゃない。
「主人より幾分、幾時間早く活動開始することもレイノルズ家にお仕えして5万年、この秘書としての仕事でありますから」
5万年?
「嘘でございます」
時に、なんだか元気が出てないような顔をされてるのだけれど、どこか悪いのではなくって?
「故障した自動販売機の話でございましょうか?」
現金が出ないような顔?
「5万円が」
嘘でしょう?
「嘘でございます」
そうではなくて、もっと具体的に忌憚なくはっきり言うと、その、目の下に、それはもうかなり事もなげに結構がっつりとできてるのよ。
「テディベアが」
隈が。
「実は昨夜、サブスクライビングサービスでですね……」
どうせまたぬけぬけとアニメビデオを見て夜更かししまくっていたのではなくって?
「いえ、映画を」
なんとまあ。
「七人の侍とか、オズの魔法使いとか」
チャップリンとか?
「さすがにそれは見ておりません」
まあなんと。
「それを見終わってやおら寝ようと決意したのが4時58分」
はい?
「それで実に寝たのは5時30分」
それは寝た内には入らないわ。
「わたくしユニヴェルス、現実の12倍圧縮された夢を見てその夢の中で更に眠ることにより驚異の短時間睡眠を実現いたしました」
MP4で出力できてしまいそうな夢見心地ね。
「その寝起き心地たるや、思わずかじかんでしまうような凍えの中から氷解して目覚めるときのよう」
やっぱり圧縮データじゃない。
「いえ、オペラ『アーサー王』のコールドソングです。」
……まだ寝ていたかったのね。しかし、実は私もあまりいい気分ではないの。
「どこかお悪くされたのでは」
見なさい窓の外を。このおしゃぶりを。
「土砂降り?」
このような天気では出る元気も出そうにないわ。
「しかしそういうわけにも参りません。本日はやんなきゃいけないタスクあったのでございます」
やんなきゃいけないタスクが。
「日々Cell&Substitute財団本部に届き続けます”商品に対するあれこれ”……とは特に関係のない他愛もないハガキ……3カ月分その数523000枚の選別作業でございます」
それは……ご苦労だったわね。
「言うまでもないことでしょうが、返信作業はお坊ちゃまの仕事でございます」
存じているわ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「早速始めてしまいましょう。バカみたいな枚数を捌ききるには猫が何匹いても足りませんので」
借りたものは返さないといけませんものね。
「ペンネーム『パプリカちゃんと大きなおうち』、初めまして、おたくの掃除機持ちやすくて助かってます。助かってますけど軽すぎて不安です。紙でできてませんか?…………手動の掃除機を販売しているという話は寡聞にして存じ上げませんが」
玩具部門から出してるペーパークラフトのことよ。きっと。
「ペンネーム『空飛ぶサーカステント』、こんにちわ。先日、予定被りを経験しました。社長はそういうことを経験したことはありますか?もしあったら、どうやってその状況を突破したか教えてください」
そりゃあもう古典的だけど、どっちにも顔を出すしかないわね。こう見えて多忙なもんですから。
「そう見えますね」
まさにダブル読書、マルチタスクとして両方の場所に存在するしかないわ。わずかな休憩時間の合間を縫って。どうせ今いない方の用がある人は私を観測しないし。いわば、”重複人間”として。
「重複人間……お坊ちゃまはそれをご存じで?」
……? シュレディンガーの猫は知ってるわよ?
「いえ、なんでもございません」
続けましょう。
「ペンネーム『バベルの棒』、こんにちわ。とりあえずダジャレを思いついたので送らせてください。『ロードス島のフードロス、どうする?』」
悔しいけど上手いわね。
「ペンネーム『キグナス』、茶漉し器みたいな名前の音楽家がいたと思うんですが思い出せません。どうか助けてください」
多分チャイコフスキーのことね。
「ペンネーム『バベルの棒』、現金百倍アパートマンション、フロストロードで滑りスリップ、曖昧モコモコ手触り相まってマイアミ川」
なんですって?
「ペンネーム『アスタキサンチンノーブル』、どうもです『ばりうまカリントウDX』を食べた妻が「かりんとうに骨が入ってたと言うんです。そんなわけないですよね。つい笑ってしまったのでハガキに採用してみました」
かりんとうの骨?
「本当なら異物混入でございます」
そんなのありえないわ。かりんとうはあのカリカリこそ外骨格だと、本にも書いてあったわ。
「左様でございますね」
続けて頂戴。
「ラジオネーム『知恵の実とただのリンゴ入れ替えドッキリ』こんばんは。今週もマザシンのトーク最高でした。来週も”セルラジ”待ってます」
セルラジ?
「……送り先が間違っていたようですね」
続けて頂戴。
「ペンネーム『バベルの棒』、野球のし過ぎと掛けまして甘党の末路と解きます。その心は当分肩が痛いでしょう(糖分過多が痛いでしょう)……糖分過多……?」
なんか見たことあるような……
「なんか聞いたことありますね」
ちょっと上手いけどコイツはもう出禁にしましょう。
「ちなみにもう一通、同じ人物より「社会上ヒエラルキーとかけましてマラソンの順位と解きますその心はニート、獣医(二位と十位)の差は大きいでしょう」というハガキが届いております」
送り先が間違っているでは無くって?
「いえ、単なるクレイジーのようです。更にもう一通、「ちなみにバベルの棒っていうのはもし本当に塔が天まで届いたら、それを傍から見たら棒に見えね?って意味」とのことで」
いいや、もうこの際せっかくだからオモシロ部門を作りましょう!
「出禁にするはずでは?」
いいこと、『人』という字は人という字と人という字が寄り添って……
「どうなさいました?」
人という字が一つ余ったわ。
「気を取り直して」
……いいこと、『人』という字は二本の棒が寄りかかってできているわ。これは、そう、それぞれが表しているのはまさにボケとツッコミ。
「ついぞ存じ上げませんでした」
やはり人は笑ってこそよ。
「流石でございます」
それに第一、そんな残酷なことは、出来んwww
「……せっかくだから出禁にいたしましょう」
ちょっとちょっと! 冗談よ! もう言葉尻にwとか付けないから許してちょうだい!
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