紋章都市ラビュリントス *第三巻連載中

創作

隠匿特異世界ラビリンス

第一幕_再会と導き

一記_プロローグ

 ガンッ


 ガギンッ


 鋭い剣戟音が耳をつんざく。身に迫る攻撃を盾で受け止め、弾き返す。すかさず右手に握る剣を横薙ぎし、反撃に転じる。しかし、相手が後傾し、その斬撃は空を斬った。敵が距離を取ると同時に盾の衝撃が腕にじんと伝わるのを感じる。

 相対するは蜥蜴とかげの頭を持ち、手は大きく鋭い爪が生えている怪物だ。このモンスターの厄介なところは尻尾から突出した骨の曲刀である。手を用いた攻撃の間隙かんげきや自らの体で作った死角から尾を放ってくるのだ。先に防いだのもこの骨刀。今日、何度もこのオスグラディウス(正式名:ホモHomoラケルタlacertaオスグラディウスosgladiusと戦闘をしているが、俺は未だに尻尾の対処に手をこまねいていた。

 「あらたさま、それではいつまで経っても深層への到達はおろか、中層の探索すらままなりません」

 その時、凛とした声が洞窟に響いた。声の源は相対するグラディウス後方の岩場。カツカツという目立つ足音と共に黒髪に青い目を宿した華奢な少女が現れた。

 左手に前腕ほどの直径の円盾、全身は白銀の鎧に覆われている。

 「もう一度、見せます。次の個体と目見えた時に生かしてください」

 そう言うと、少女は左腰に引っ提げている細剣を鞘から抜き放ち、グラディウス目掛けて走り出す。気づいたモンスターも鋭く息を吐き、反転。姿勢を前傾させ彼女の方へと飛び出した。

 どうやら俺はさほど脅威と思われていないらしい。

 互いに全速力で接近。俺はその戦闘の最中、少女に気を留めることもなく、戦いの全容が見える位置に移動する。

 目の前の少女に助力の必要がないことは、これまでのことからよく知っていた。

 グラディウスは接敵した瞬間に右手による突きを繰り出した。少女は減速する素振りすらなく、その攻撃を肩鎧の上部に滑らせるようにして受け流す。

 息つく間もなく、尾による剣撃が少女を襲ったが、今度は倒れかけの姿勢のまま左手の盾を突き出すようにしていなして見せた。

 あっという間に怪物のふところに入った少女は相手の肩と胴の間に細剣を突き刺す。すかさずそれを抜き、怯んだ相手の首を容赦ようしゃ無くね、絶命させた。

 そして、何事もなかったかのように剣についた血を布で拭いながら、少女がこちらに近づいてくる。

 「いいですか。オスグラディウスは鋭い爪と骨刀の尾が脅威です。しかし、どちらも体躯に対して長いという特徴があります。素早く懐に入り、距離を取られる前に仕留める。これが定石です」

 淡々と言葉を並ると少女は剣を鞘に収める。

 今日でこの言葉を聞くのももう何度目か。

 「先の横薙ぎは評価します。ですが骨刀を盾で受けたのは良くなかった。衝撃がもろに伝わってしまい、場合によっては戦闘時の隙になります。接地面の少ない攻撃は盾に滑らせるように角度を調整してください」

 「はい、すいません…」

 俺はそう返して抜き身のままだった剣を鞘に収める。

 …こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。戦闘の勘、知識を早く体に覚え込ませなければ

 残された時間は有限だ。おおよそ七年後に起こると定められた災厄。俺はそれを阻止しなければならない。

 ——起こるべく厄災は、文明の崩壊。

 その元凶は生命を枯らす死の薔薇、ロザRosaペッカートゥムpeccatum

 俺の昔馴染、刈谷歩夢を死に追いやった元凶でもある。

 この薔薇の異形が持つ「命を無尽蔵に吸い上げる能力」の範囲拡大が実世界まで及ぶまでの期間が約七年。それが文明崩壊開始までタイムリミットだ。仮に阻止できなかった場合、全生物が死滅する。

 この薔薇を討伐するために、俺は地続きの異界ラビリンスに足を踏み入れた。

 世界が黒バラに包まれると、人がたくさん死ぬ。数多の人間が喪失と絶望を経験する。

 俺は知っている。

 大切な人の死によってもたらされるそれは人の心を挫くには十分すぎるのだ、と。

 あの胸に広がる圧倒的な無力感。あんなものは知らなくて済むのなら、その方がずっといい。

 そのために俺は戦うのだ。いずれ訪れる未曾有みぞうの未来を変えるために。

 そこで思考の海から浮上し、辺りを見回し少女を探す。

 暗闇に溶け込みかけている彼女を見つけ、その背を追った。

 


 第一幕 再会と導き

 ——〈ニヶ月前〉二〇二四年、六月十七日、月曜日


 ピッ…ピッ…ピピッ…ピピッ…ピピピッ…ピピピッ…ピピピピッ…ピピピピッ。

 カチッ。

 寝床にある目覚まし時計のけたたましいアラームを手探りで止める。

 いつもその不快な音が俺に朝を知らせる。この音は脳に響くので苦手だが、自然に目が覚めるような生活をしていない以上頼らざるを得ない。これがなくては学校に毎日遅刻することになってしまう。

 「ふふあぁ…」

 重いまぶたを無理やり開く。それからピントが合うまで幾度か瞬きを行った。

 時刻は六時ちょうど。鈍い感覚のする肩や腰に構うことなく、力を入れて上半身を起こす。そのまま寝室を後にし、洗面所へ。顔を洗い、歯ブラシに歯磨き粉をつけるとリビングに行きテレビをつける。

 朝はいつものようにニュースばかりだ。

 『…しており、子ども・子育て支援法の一部を改正しようという動きが強まっています——』

 …あっ。おばさん出てる

 その人はいつものように自身の施策を熱弁していた。

 …本当は子供に興味なんてない癖によくもまあ、抜け抜けと

 そのニュースは瞬く間に別のニュースへと置き換わる。後に続く放送をテキトーに聞き流しながら歯磨きを終え、朝食を作るためにキッチンに移動した。

 …スクランブルエッグ、ソーセージ…。ああそうだ、昨日の煮物が残ってる

 なんとか思い出した昨夜の夕食を冷蔵庫から取り出す。すると中は綺麗さっぱり空っぽになった。…今日は買い出しに行かなければならないらしい。面倒臭い。

 ガスをつけて簡単に炒めると煮物をレンチンして、炊飯器の白米を茶碗によそう。

 「いただきます」

 高校に入ってからは一人暮らしなので誰がいるわけでもないが、そう言うようにしている。

 『「ご飯を食べるときは『いただきます、ご馳走様』は基本でしょ」』

 昔、ある友達にと叱られたのだ。両親は随分前に他界してしまい、引き取った叔母も多忙で当時の俺は礼儀には疎かった。そういう『人としての基本的なこと』はこの友人に教えてもらったことが多い。

 朝食を作るようになったのも、決まった時間にご飯を食べるようにしたのもその友人の影響だった。

 ご飯を食べ終え、居間の壁掛け時計を見ると、時刻は七時。どうやら今日は少し食べ終わるのが遅かったようだ。皿を洗っている時間はなさそうだった。

 「歩夢。それじゃ、行ってくるよ」

 着替え、時間割の確認…諸々の準備を終えると俺はいつものようにリビングに飾る写真にそう告げる。階段を降りアパートに併設されている駐輪場から自転車を取り出すとブレーキの効きとタイヤの空気を確認してから俺は駅へと漕ぎ出した。


 駅に着くと改札にカードをかざして構内に入る。何気なく両面のパスケースの裏側に目をやった。裏には古びた一枚のトランプが入っている。スートはスペード、数字は1、そして中央には細やかな装飾で飾られた騎士の紋章が描かれている。

 これは昔馴染の少女からお守りといってもらったものだ。

 底抜けに明るく笑顔の絶えなかった彼女、刈谷かりや歩夢。俺が唯一心を真に許せる友だった。

 。彼女は中学二年の時に亡くなった。要因は持病の悪化だった。

 その病気は原因、病名すら不明の未知の病だった。分かっていることといえば、日々わずかながら身体機能が衰弱していくことだけ。幼少の頃から病はかなり深刻なところまで進行しており、その重症化具合から手術も不可能だった。医者も手の施しようがなかった。

 …誰も彼女を助けられなかった。

 俺は奥歯を噛み締め、口元を引き結ぶ。何も出来なかった自分が嫌だった。当時の記憶は色褪せる事なく未だ俺自身に深い根を下ろしている。

 ふと案内音声が鳴った。

 「四番線、各駅停車、藤ノ宮行き——

 アナウンスが耳に入るや否や思考を切り上げて、早歩きでホームの端に向かった。

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