29 チキン南蛮と姑息な男
ホストクラブが閉店しすべてのお客さんが退店し照明が明るくなってから、明が孝太郎に声をかけた。
「かーえーろ。どしたん、今日の営業中スマホえらいチラチラ見て気にしてたけどなんかあった?」
「いや……春さんに送ったラインが既読にならなかっただけで……」
営業中に孝太郎は【今日のごはん、何か気分ありますか?】と送っていた。いつもならすぐ返ってくるのになぁ、と気にかかる。明は、ああ、と声を上げる。
「今日そういえば昼間に会ぅたわ。なんか仕事めちゃくちゃ忙しい言ぅてたで」
「そうなんですか?」
そういえば単行本が出たばかりだし、近頃忙しそうにしていたな、と孝太郎は思い至る。明が、せやからなぁ、と孝太郎の肩に腕を組む。
「あんま邪魔したったらあかんで」
「え?」
「昨日昼間会った時ごっつ眠そうやったわー。自由業や言うても打ち合わせとかそういうの昼間やろし、完全夜型のお前に生活スタイル合わせんの負担なってきてんちゃう?」
「そんなこと……」
無い、とは言えなかった。孝太郎の帰宅に合わせていつも早朝から付き合わせてしまっている。春は何も言わないがもし負担になっていたら、と孝太郎は不安になった。明はさらに言った。
「連絡ないっちゅーのは、今は構わんでくれってサインやろ。向こうも大人やねんから」
「……そうですかね」
「そうやそうや。お前誰とも付き合ったことないからそんなんもわからへんねん」
そう言われて孝太郎は、そういうものなのかな、と一瞬考えたがどうしても春が気がかりだった。
「ッでも、もし家で倒れてたりしたら……」
明は、はは、と手を叩いて笑った。
「お前の彼氏爺さんやないねんから心配しすぎやわ。客のラインが半日既読にならんだけでお前家に生存確認行くんか?」
「いえ……ただ忙しいのかなって思います」
「ずっと一人暮らししてたんやろ? たまには1人でゆっくりしたいんちゃう」
「そうでしょうか……」
そうやって、と明は笑いかける。
「久しぶりにおれと飯行こぉやぁ」
明に誘われたが孝太郎は、いえ、と断る。
「心配なので真っ直ぐ帰ってノックだけでも……してみます」
やめとけやめとけ、と明が顔をしかめた。
「もし寝てたらそんなんウザすぎるやろ。今何時や思てんねん5時半やぞ」
明にそう言われて孝太郎は電話をかけたが、春は出なかった。
「寝てるんかな……」
「そーやろ。あんま重かったらフラれんで。お前彼氏できたん初めてやからって依存しすぎ。たまにはおれと遊べよ」
孝太郎は迷ったが、ですね、と答えた。明と店のすぐ近くにある早朝からやっているチェーン店の定食屋に足を運んだ。明が万札を入れてから、孝太郎に食券のボタンを押させる。
「お前朝からチキン南蛮定食て。しょぼくれた顔の割に身体は元気満々やないか。おれ徹夜明けから揚げ物キツイわ〜」
そう言いながら明は焼き魚定食のボタンを押す。席に座り孝太郎は言った。
「年やないんですか」
「シバくぞまだ26や」
注文したチキン南蛮定食と焼き魚定食が運ばれてくる。いただきます、と言う孝太郎より先に明が箸をつける。
「1個食わして」
「言うとおもいました」
明が孝太郎から奪ったチキン南蛮を頬張り、美味いな、と言った。箸を進めながらずっと自分のスマホを気にする孝太郎に明は、こら、と注意した。
「お前中学生か。付き合ぅてんのやったらもっと堂々としとけ。間違っても連続ラインとかすんなよ」
「……だめなんですか?」
「あかんあかん。たまにはこういう時もあるわーくらいに構えとけ。向こうから連絡くるまで待つくらいの気持ちでおらな。忙しい時にごちゃごちゃ言われたらウザなるで」
孝太郎は、わかりました、と言ってスマホを置いた。食事を終えてから孝太郎は、トイレ行ってきます、と席を立った。孝太郎の姿が見えなくなってから明はこそっと孝太郎のスマホを手に取った。そして履歴を開いて素早く春の電話を着信拒否にして、ラインもブロックした。トイレから出てきた孝太郎が自分のスマートフォンを触る明を見て、あ、と声を上げた。
「何してるんですか」
「なにて。何もしてへんわ。おれも新しいの替えよかなぁって見てただけや。なんでおれがお前のスマホいじらなあかんねん」
そう言って明はスマートフォンを孝太郎に返し、言った。
「返事来るまで彼氏のライン開くんやめたら?」
「え! なんでですか」
「見るから気になるんやって。一緒におらん時は彼氏のこと忘れて寝かしとけ。そのくらいの方が長続きするで」
孝太郎は迷ったが、じゃあ今日だけそうします、と答えた。明が孝太郎のスマートフォンで春をブロックした事は孝太郎からラインを送ろうとしない限り、気づくことはない。明は、電話もすんなよ、と笑った。
――…一方春は家で1人どうしていいかわからなくなっていた。孝太郎に電話をかけ直したが、何回かけても電話が繋がらない。ラインをしても一切既読にならない。しかもいつもなら帰ってくる時間になっても帰ってこなかった。もし酔って寝ているだけならいいが何かあったのでは、と不安になる。いつもより3時間ほど遅い時間に、カン、カン、と階段を上がる音が聞こえてきた。春は外に飛び出そうとしたが、踏みとどまる。それは孝太郎が1人ではなく狐塚と一緒だったからだ。
「コタロー。久しぶりにおれと遊ぶんおもろかったやろ」
「まぁ……楽しかったですけど。疲れました。ボーリングなんか行くん久しぶりですよ」
「なんやお前こっちでも友達おらんのか」
「店で喋るくらいの相手はいっぱいいますけど……閉店後に遊びに行くとかは無いです」
明が、はは、と笑った。
「それただの仕事仲間やん。まぁおれが遊んだるから、彼氏のこと忘れるようにしぃや」
何言ってるんですか、と言ってくれると春は思っていたのに孝太郎は、はい、と答えていた。そしておやすみなさい、と挨拶して春の家に寄ろうともせず自分の家に帰っていく。春はすぐ電話をかけたが孝太郎は出ない。ラインも既読がつかない。春はパニックになっていた。失恋、の二文字が頭をよぎる。こんな一方的に、こんなあっさりと終わってしまうものなのか? と春は足元がフラついて座り込む。孝太郎の事を信じたいが、狐塚に昨日言われたこととさっき聞いた孝太郎の言葉が春の頭から離れない。それに電話もラインも無視されている。
【何か怒ってますか?】
【そっち行ってもいいですか?】
【もう寝ちゃいましたか?】
春は何通もラインをしたが、既読がつくことはなかった。
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