31 チャーハンと片恋男【R15 】
薄暗い部屋の中、春が目を覚ますと自分を見つめていた孝太郎と目があった。
「起きました?」
そう優しく言ってきた孝太郎は掛け布団でお腹から下は見えないが、裸だった。そして自分も同じく一糸まとわぬ姿で横になっていた。眠る前に自分たちがしていたことを思い出した春は気恥ずかしくて、ふい、と孝太郎に背を向けるように寝返りを打った。
「春さん?」
不安げに声をかけられたので春はまた寝返りを打って、孝太郎に向き直る。
「……あの、後悔してませんか?」
そう遠慮がちに聞かれて、驚いた春はぱちくりとまばたきをした。
「後悔ですか?」
「だって……あの……」
不安そうな顔をしている孝太郎の頬を包み込み、春は自分から孝太郎の唇に口づけた。それだけじゃなく、裸の身体を孝太郎と密着させるようにくっつける。
「今、後悔してるみたいに見えますか?」
春がそう言うと、いえ、と答えて背中に腕を回され抱き寄せられる。
「春さんおれ、幸せすぎてやばいです……」
どちらともなく、くっついたままキスを繰り返す。少しずつ孝太郎の息が上がり、眠る前の続きをするかのように大きな身体を春に擦り付けてきたので春は慌ててストップをかけた。
「あの、仕事の時間! 大丈夫ですか?カーテン閉めてるから今何時かわからなくて」
孝太郎は手探りでスマートフォンを探し、時刻を確認した。そして、はぁ、とため息をついた。
「意外といい時間でした。今日はめちゃくちゃ仕事行きたくないです。離れたくない……」
「ぼくも原稿するので、仕事行ってきてください。孝太郎くんの家で待ってますから」
「家で待っててくれるんですか?」
嬉しそうに身を乗り出した孝太郎に、はい、と春は笑う。
「ありがとうございます」
そう言って孝太郎は春の薄い身体をまさぐった。首から胸元にかけて愛おしげに口づけを繰り返す。
「あ……孝太郎くん……今は、もう」
「春さん、いい匂いします……」
そう言って孝太郎は形のいい鼻を春の胸元に擦り付けて匂いを嗅ぐ。そして、れろ、と胸を舐められて春は身を竦めた。味わうように吸って舐められ春はたまらず声を漏らす。
「ッあ……はぁ……」
春は孝太郎のピンクの髪をくしゃっとかき混ぜ時折背をのけ反らせながら受け入れる。春はぼうっとした顔で口を開く。
「も……また変になる……」
「なっていいですよ。あと少しだけ……アラーム鳴るまで……」
孝太郎の分厚くて大きな身体に、春は腰を揺らし自分から身体を擦り付けた。孝太郎は息を荒らげ乱れ始めた春の胸から脇にかけて舌を這わせる。脇を舐められた春が一際大きな声を上げて、身をよじった。
「汚いから……汗かいてます今……!」
春が止めたのに孝太郎は春をシーツに縫い付けるように押し倒したまま、孝太郎は春の脇の毛に鼻を擦り付ける。
「孝太郎くん!」
怒られた孝太郎は脇から舌を這わせて、胸に移動する。そして手で触りながらしきりに舐め回す。春が腰を浮かせたので孝太郎はぎゅっと春に体重をかけた。
「……キス、したい……です」
そうねだられた孝太郎がキスをしながら胸を手で触っていると春はすぐに身体をビクつかせ、果てた。ピピピ、と孝太郎のスマートフォンのアラームが鳴る。もう用意をしなければならない時間だ。孝太郎が、はぁ、とため息をつく。
「シャワーしてきます……」
孝太郎は汚れた腹をティッシュで軽く拭いてからスウェットズボンを履き、浴室に向かった。オーバーサイズの孝太郎のスウェットトレーナーをダボッと着た春がついていく。
「一緒にシャワーしていいですか?」
春がそう尋ねて服を脱いで裸になったら、孝太郎が恥ずかしそうに目をそらして、でも、とためらいながら自身の前を隠すように春に背を向ける。
「さっきは大胆だったのに」
「さっきはアドレナリンが出てたんです……」
「今は出てないんですか?」
「今はオキシトシンです」
「おきしとしん?」
「……愛情ホルモン、です」
春が、あは、と笑った。
「それぼくも出てます。早く、脱いで」
そう急かされた孝太郎はスウェットズボンを脱いで、浴室の電気を消した。さらに手で股間を隠している。暗くなった浴室で春はあたたかいシャワーを孝太郎にかけてもらった。それから孝太郎は春の背中にまわり、肩や胸をボディソープをつけた手で洗い始める。
「あ……くすぐったい……」
孝太郎の手がぬるぬる、と春の身体を撫でる。小さく声を上げた春の耳にキスをして、孝太郎の手が全身を綺麗に洗っていく。シャワーで泡を洗い流され、春は先に浴室を出た。孝太郎も自分の身体を洗ってさっさと浴室を出るが、脱衣所に裸のまま春がしゃがみこんでいた。
「春さん? どうしました?」
タオルで春の身体を拭きながら孝太郎が尋ねる。
「さっきの身体洗ってもらったのがその……気持ち良すぎてぼーっとしちゃって……」
よく見たら首の後ろや耳の裏が真っ赤になっていた。立ち上がった春を抱きしめるように、タオルで水気を拭きながら孝太郎が言った。
「一緒に入れるくらいの浴槽があったらよかったですね」
この家の浴槽は1人でもキツイくらいの小さいサイズだ。春なら膝を抱えて座ればまだ余裕があるが、孝太郎は肩まで浸かることなどできないだろう。
「この家賃じゃなかなか……」
正面を向かされて、タオルで身体を包み込まれたまま口付けられる。春はぽうっとしたまま言った。
「今度旅行行きませんか。温泉」
「え!!!」
大きな声を出した孝太郎に、どうですか? と春は訪ねる。
「そんなん、絶対行きたいです。絶対絶対行きたいです」
絶対、と繰り返す孝太郎に春は笑った。
「よかった。今度計画立てましょうね」
そう言った春が服を着ていると孝太郎が抱きついてきた。
「春さん……嬉しすぎて死にそうです……」
「ふふ。早く服着ないと、遅刻しちゃいますよ」
春に急かされた孝太郎は急いでドライヤーで髪を乾かし、出勤用の服を着て身支度を整える。春は座って、孝太郎をぼんやりと見つめる。さっきまで自分と裸でいた男が着飾るのを見るのは妙な心地だった。
「春さん」
いきなり声をかけられて春はビクッと肩を跳ねさせる。支度を終えた孝太郎が冷凍庫から丸いものをいくつか出して、春に手渡した。
「今日は冷蔵庫に何もないので……。これ、この前作ったチャーハンの余りです。握って冷凍にしたので、よかったら夜に食べてください」
「わ! 嬉しい、ありがとうございます」
いえいえ、と孝太郎にぎゅっと抱きしめられ、春は顔を上げてキスをする。そのままキスを繰り返していたら、ピンポーン、とインターフォンが鳴る。外から、コタロー、と声をかけられ春の眉間にしわがよった。
「あの、たぶんぼくの電話番号着信拒否にしたりラインブロックしたりしたのあの人だと思います……」
まさか、と孝太郎は否定したかったが、定食屋で明が孝太郎のスマートフォンを触っていたことを思い出す。孝太郎がドアを開けると明はのほほんと、店行こ〜、と言った。そんな明に孝太郎は開口一番に尋ねる。
「春さんのラインをブロックしたり電話を着拒したん明さんですか?」
明は孝太郎の後ろにいた春を一瞥してから、わけわからん、としらばっくれた。
「なんでおれがそんなんせなあかんねん。お前の客ちゃうん」
「おれ自分のお客さんいる時はスマホはポケットに入れたままで出しませんよ。それにおれのお客さんでそんなんする人いないです」
「おれはするんか」
そう凄まれて孝太郎は明から目をそらし、答えた。
「だって明さんたまにおれに嫌なことするときあったやないですか。冗談や言うけどそれ、嫌なんですよ。あと春さんに言いましたよね。おれと明さんが……したことあるって。なんでそんなん言うんですか」
はは、と明は笑った。
「まぁ嘘ちゃうやん。ほんまのことやし」
「ほんまでも言われたくなかったです!! 普通に考えたらわかるやないですか。付き合ぅてる相手にそんなん言うなんかおかしいですよ」
「わからんわからん。それお前にとっての普通やろ。おれは言われても困らん」
そんなわけないやろ! と孝太郎は声を荒らげた。
「あんだけ指名取れる人がそんなんわからんわけないやろ!!! もしそれで春さんに嫌われてたらおれ明さんの事許せませんでした、ほんまに……恨んでました」
も〜、と明は声を上げた。
「そんなガチで怒らんでええやん。そんくらいで嫌われるんやったらどうせ続かへんって。な。ほなお詫びに3人で飯でも行こか」
そう言って孝太郎の肩を組もうとした明の手を孝太郎は振り払った。
「行くわけないでしょ。いい加減にしてください!! 今やって春さんが後ろおるからわざと触ってきてるんでしょ。なんでこんな意地悪ばっかりするんですか。もう、店も一緒に行きません。今日だけじゃなくてもうずっと……帰りも別で帰ります」
明が、あーあ、と大きな声で言った。
「もーえーわ。しょーもな」
明がそう吐き捨てるように言って1人階段を降り、待たせていたタクシーに乗って行った。孝太郎は春に言った。
「ごめんなさい。あの、目の前でいきなり喧嘩になって……。大方、昔はしょっちゅう遊んでた後輩が今は恋人とばっかりいるのが面白くないんでしょう。ラインと着信拒否したのも……。あの人ちょっと子供っぽいとこあるし」
春は、うーん、と否定した。
「どう見てもあの人孝太郎くんのこと好きだと思うんですけど……」
ええ、と孝太郎は眉間にしわをよせた。
「無いですって。あの人が誰かを好きとか、特定の恋人とか作るの見たことないですし。それに好きやったら意地悪せんでしょ。あ、時間ヤバいので行きます」
そう言った孝太郎は春にキスをしてからバタバタと家を出ていった。春は自身の恋人の鈍さに肩を落とす。毎日タクシー通勤するほど余裕があるのにわざわざ新宿から遠いボロハイツに引っ越してきた理由になぜ気が付かないのか。同じ男に恋している春には明の孝太郎への好意はひどくわかりやすかった。
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