一章02話 二度目の成人式。

「お、美味しい……⁉ 生のお魚って、こんなに美味しいの?」

「こちらのお寿司と言うのも絶品ですわ。特にこのシャキシャキのお野菜が乗っている赤身のお魚は、口の中でじゅわっと蕩けてもう堪りませんわ」

「俺はこの酒が好きだな! 一見すると水にしか見えないのに、ガツンとパンチが利いていて最高だよ!」

「……このピリッとくる山葵と甘辛い生姜が、実に良いアクセントになっています」


 時価にしたらいくらになるか分からないような回遊魚の姿造りに、宝石のようにキラキラと輝く白米を用いた芸術品のような握り寿司。そしてそれを原料として開発していた透明度の高い地酒を添えて、醤油と山葵で味わう至高の宴が今宵開かれた。


 およそ異世界とは思えない純和食が振る舞われている立食パーティーは、当然のことながら第一皇女かつ元日本人である俺がこの日のために計画立案し、見事実行する段階まで国家事業の一つである。


 中世ほどの文明レベルしかない異世界に元の生活と同水準を求めるなどと酷なことは言うつもりは更々無いが、せめて食だけは少しでも近づけたいと願い邁進し、ようやっと形となったのが今日この瞬間だったのだ。


 アインズ皇国の象徴である大きく美しい湖――アイシュプール湖は川と海の両方に通じており、奇跡的に多くの魚類に適正な塩分濃度を保っているため、常に百種類を超える魚種が入り乱れて混在している奇跡の塩湖である。


 時節によりその種類と量に多少の差異があるという自然要因の他に、大部分を皇国ひいては皇家が専有しているため、国の認可を得た一部の漁業組合しか漁をすることは許されていないが、それでもなお皇国全土を賄えて余りあるほどの漁獲量を誇っている。


 しかし漁師を除き”生食”という文化が定着しておらず、定番となっている塩漬けや干物などの加工品としてしか販売目的で流通していないのが現状だ。


 現代日本と違い、”冷蔵庫”や”冷凍庫”などの長期保存を目的とした”電化製品”が流通していないからというのが主たる理由なのだろうが、せっかく新鮮な魚が捕れるというのに漁師飯としてだけで終わってしまうのは実にもったいないと思い、成人の儀という一種のお披露目会の場を利用させて頂いたのである。


「申し訳ないが、私はあまり好みでは無いな。口の中に広がる生魚の香りとヌメッとする食感で、正直許されるのならば今すぐにでも戻したいほどだ」

「……僕は、この辛いのが苦手」

「そもそも直接手づかみで食事をするなんて端なくて、とても私には出来ませんわ」

「でしたらお客様、”照り焼き”をお試しになられてはいかがでしょう? スプーンとフォークのご用意もありますよ」

「――これはっ⁉ ……う、美味いな。初めて頂く味わいだが、ふむ……ふむふむ。この”照り焼き”という料理は、実に素晴らしいではないか!」

「なにこれ! 甘くて美味しい〜」

「お、おおお、美味しいですわっ⁉ 本当にあの、生臭いお魚なんですの? ……宜しければそちらのお寿司とやらも、頂いて良いかしら?」


 食べ慣れない食材故に反対意見も多くあるだろうことも予想して、日本独自の調理法である”照り焼き”で調理した品々も用意した。


 元日本人としては、たしかに美味しいけど何故それが寿司よりも外国人に受けるのか甚だ疑問ではあるのだが、魚の魅力を伝えられるのならば特に問題はない。


 本来であればこのタイミングに合わせて”親子丼”や”テリヤキチキン”も提供しようかと考えたのだが、鳥の魔物をテイムして養鶏を試みるという案を皇帝である父に却下されてしまったので、仕方がなく見送りとなってしまったという経緯もある。


 せっかく白米が育つ環境にいるので王道の丼物を再現したかったのだが、流石に勝手に魔物を城内に連れ込むわけにもいかないので致し方が無いだろう。


 そもそも此度の宴のコンセプトは”アインズブルグ産の魚の魅力を内外に改めて知らしめて関心を得ること”なので、結果だけ見れば既に大成功を収めているのだ。


 ちなみに寿司や醤油に欠かせない白米と大豆は、水資源の豊富かつ温暖な気候の皇国に特に適しており、一年を通して収穫出来る素晴らしい資源である。


 特に醤油や味噌、ポン酒などは様々な料理の原点となるため、ゆくゆくは煎餅や酒まんじゅう、ひいては納豆に至るまで、ありとあらゆる日本食を忠実に再現出来るよう努力する所存だ。


「……ふふっ、まさに計画通り。皆が皆美食に酔いしれてくれたおかげで、私が成人したという些事は既に忘れさられたも同然だね」

「まったく、そんなことをおっしゃられては駄目ですよ? 今日はアイヴィス様がご立派に成人なされた、大切な日なのですから」

「ちっちっちぃ。分かってないね、ラヴィニスくん。今日この日が私にとって特に大切な日だからこそ、これで良いのだよ。せっかくラヴちゃんとシュアに垣根なしで祝って貰えるというのに有象無象に邪魔なんてされたら、それこそ興ざめだろう?」

「あ、アイヴィス様……っ! はい! 是非とも私とシュアにお任せ下さいっ!」

「……困った。本来でありゃあ注意しぇなならん立場ばってん、そう言われてしもうたらはらかくにはらかけん」


 ともあれ、皆の興味が食に変わったのは大いに有り難い。


 形式上皇位継承権第三位というそこそこの地位に立っている第一皇女が、この年まで婚約者の一人も居ないというのは不味いだろうと理由で、腹黒い貴族諸侯の息のかかった年頃の男子達に囲まれるという最悪の事態を避けられるからな。


 性格も良く金持ちでイケメンという三拍子揃った奇跡的な男の子も中には居るが、転生前の性別を未だ引きずっている俺としては、どうしても触手が動かない。


 何よりアヴィスフィアには”固有スキル”と呼ばれる異能――”女神の恩寵”が存在していて、実際にその恩恵を受ける身としてはそもそも男性と結婚する必要性を感じていないからだ。


 『雌雄瞬転』と『好感可視』。俺に与えられた二つの異能の名だ。正直言って地味な固有スキルではあるが、俺にとってはまさに女神の福音と言える代物である。


 前者の効果は文字通り、自身の任意のタイミングで即座に性転換するスキルだ。個体の本質こそ変わらないが、男なら男、女なら女の性的特徴が色濃く反映される故に見た目も変化するスキルだ。一長一短な性質はあるが、中々に面白い能力と言える。


 ホルモンバランスなどを適切に調整する促進制御の効果も付随されているらしく、余剰エネルギーや不要物が魔力に変換され蓄積されるので、副次的な効果として女性時に生理が来ないのはもちろん、排泄という行為自体を行う必要性が無くなったのも大きな利点だ。


 実際にこのスキルを持つがゆえに”子を成す”という皇族として一番大事な役目を”男性として果たせる”ため、そういった意味でもかなり有用である。


 後者も名の通り、相手の好感度を可視化出来るスキルである。前者よりもさらに地味ではあるが中々に汎用性が高く、こちらもありがたく活用させていただいている。


 ちなみに固有スキル――通称『ユニークスキル』は、”女神の祝福”を受けた一部の赤子や異世界人のみに与えられる”先天的な能力”だと言われていて、似たものはあれど同じものは何一つとして存在しない……らしい。


 特に転移者や転生者と呼ばれる異世界人は異世界からの渡航特典として、必ず”一つ以上のユニークスキル”を”女神様から直接授けられる”というのが世界共通の定説なのだが、俺個人が女神様とやらに出会った記憶が無いので定かではない。


 身近なところではラヴィニスがその転生者だそうで、自身や保護対象、またその対象範囲を物理や魔法、状態異常などのありとあらゆるから守る『絶対防御』と、漆黒の闇に染まる夜を白夜に変えるほどの高圧電流を身に纏うことで身体能力を向上させ、更には指向性の雷撃を攻撃手段としても放つことが出来る『纏雷白夜』という、非常に強力な二つなユニークスキルを直接授かったそうだ。


 シュアもシュアで女神の寵愛を受けし者らしく、自身の姿を好きな姿形に変質させる『変幻自在』と、攻撃されて損傷した部分を即座に回復し復元する『超速再生』という、こちらも二種のユニークスキルを保持している。


 二人ともに俺と所持する数こそ一緒だが、そもそも本当に同じユニークスキルなのかと怪しむレベルで格差がある気がしてならない。


 シュアの『変幻自在』に至っては俺の『雌雄瞬転』の上位互換とも言えるスキルなので、もしかしたらユニークスキルというのは個性の延長線上でしか無く、必ずしも強力な能力を得ることが出来るとは限らないかも知れないね。

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