はたらく脳細胞

ヤギサンダヨ

はたらく脳細胞

おい、足。そこの交差点を右に曲がったら、あと5分ほどで目的地の駅に到着する。それまで頑張って歩き続けてくれ。

おい、目。もし信号が黄色に変わったらすぐに報告だ。

おい、耳。後ろから車の来る気配はないか。大きな車が近づいてくるようならすぐに知らせてくれ。

おい、足。信号はまだ青らしいから、やや速度をあげて横断歩道を渡れ。後方も異常なしだ。

おい、腕。しっかり前後に振ってバランスをとるんだ。それから、ポケットから手を出せ。さぼるんじゃないぞ。

おい、神経。バイタルに異常はないか。気温が低いので体温と血圧に要注意だ。

おい、胃。朝飯の卵とトーストは消化できたか。よし、では少しずつ十二指腸へ送れ。

おい、十二指腸と小腸は食物の進入に備えよ。

おい、血管。消化器系への血流を10パーセント増加させろ。

おい、膵臓。インシュリン分泌開始。少しずつだぞ。毎秒0.002だ。

おい、胆嚢。胆汁のバルブを全開。

おい、十二指腸。消化活動開始。酵素の濃度に注意しろ。

おい、全器官。まもなく駅に到着する。それまで気を抜かずにしっかり働くんだ、いいなっ。

おい、目。駅は見えたか。ようし、改札に入る前に待合室ベンチで一息入れるぞ。

おい、足。待合室の一番右のベンチに向かって微速前進。

おい、腕と手はベンチに着いたら手すりを持って身体を支え、足を援護しろ。

おい、足。ご苦労だった。ゆっくりベンチに座れ。

おい、全器官。今無事に駅に到着した。電車が来るまでこのベンチで休憩する。総員休め。

おい、目。閉じていいぞ。しばらく休憩だ。

おい、胃と十二指腸、小腸は静かに消化作業を続けてくれ。皆が休んでいる間は静かに。なるべく音を立てるな。

では、俺もしばらく休むとするか。今日は朝早くに家を出てきたから寝不足だ。電車が来るまで15分あるな。ひと眠りするとしよう。・・・zzz。


ん?。誰だ、まだ騒いでるやつは。

おい、心臓。おまえか。ドックドックとうるさいぞ。今は皆疲れて休息中なんだから、そんな爆音を立てるんじゃない。お前もちょっと休んだらどうだ。

「へい、分かりやした。ではお言葉に甘えて。」


始発電車が出発したあと、様子がおかしいので駅員が声をかけてみると、老人は既に息絶えていた。まだ肌寒い春の朝のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はたらく脳細胞 ヤギサンダヨ @yagisandayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ