ヒトの星

@miz-

第1話

 朝露が私を包む苔を湿らせ、耕されずとも肥えた土壌の養分が、私を囲うツタ植物に吸われて、また、こぼれた。たくさんに重なった淡い緑の葉々が、荒く鋭い日差しを柔らかくなるまでに濾過している。上層の葉々からこぼれた光の溜まりが、私の感覚器官に流れてきた。

 重たい瞼を剥がすように無理に目を開ける。瞼が重たい原因が自身にあるのではなく、目の窪みをしきりに這う苔の仮根によるものであると気づくまで、少し時間がかかった。私は樹皮とそれに這う植物と共に固着し、まるで自分がその木の根っこになったかのような、いや、私は元々その木の一部であったかのような自覚を持った。


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 「命とは、生命エネルギーの濃度が一定以上ある物質に宿る概念である」


 これは私たちの住む星「ミトヨの星」では通説となっている、命に対する認識である。私が今いるのは「ヒトの星」。この星には、かつて多くの自我をもった命が観測された。その星にいた自我を持った命は、星の外側に興味を持ち、徐々にその星を離れていった。

 星は命であり、生命エネルギーを持つ。それを元にして多くの命が生まれ、それだけ多くの命が滅ぶ。この生命エネルギーの循環が、星の中だけで完結していれば、その星は本来の寿命を全うできる。

 ただ、「ヒトの星」に存在した自我を持った命の多くは、星の外で生涯を終えた。生命エネルギーは徐々に「ヒトの星」から失われ、それが命を保つのに必要な量を下回った。


 星は死んだ。


 それを吸収していた表層の命も全て死んだ。


 表層の命が朽ち、それらの持っていた生命エネルギーは「ヒトの星」へと涵養していった。

 そして、「ヒトの星」はゆっくり、ゆっくりと、また命を宿していった。


 そして、今。私は息を吹き返した「ヒトの星」にきている。再構成された地表の生態系は、目新しく鮮やかな植物が生い茂り、辺りを満たす淡緑色の空間は、命の原液そのものだった。空間に溶けきれなかった養分が結晶として析出したように、植物はキラキラと光っていた。


 「先生、人の星にはもう自我を持った生命は存在していないのでしょうか。」


 私が先生と呼んでいるのは、寸胴のような円柱の体の上に緑色の球をのけったような形をした、このかわいらしいロボットのことである。


 「生命エネルギーの濃度が一定値を上回ることが、命を持つことの定義であることは知っているね?具体的には100le/kg・m^3以上の物質は生物として定義される。」


 先生はそのぼってりとした体の一部を少しだけ開き、そこから先端の青く光った棒状の部品をのばして、生物の定義式をホログラムによって映し出した。


 「はい、そして自我を持つにはそれよりも高い生命エネルギーの濃度が必要になるんですよね。」


 いつも質問してばかりで情けない私だが、今回は先を読んだ会話ができたことに、少し嬉しくなる。


「そうだね。具体的には300le/kg・m^3以上だという説が主流になっている。ただ、自我に関する研究はまだまだ発展途上だから、これを正確な定義だと思い込むのは少し危険かもしれないね。そもそも、生命エネルギーの濃度によって命や自我の有無を定義するということ自体を疑問視している学者もいるくらいだしね。」


 先生は嬉しそうに説明をした後、今度は複雑で立体的なモデルを映し出した。私にはそれが何を表すのかがわからなかったが、先生はさらに説明を続けた。

 

 


 


 



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