PHASE10 ジャバラウオックの挽歌
#37 周回するフェノメノン
SNSを眺めていると、東京都に接する県……埼玉、山梨、千葉、神奈川でフェノメノンを撮影する投稿があった。
被害報告は上がっていないため東京都内から出てはいないようだが、透明化が解除され見えるようになったフェノメノンは、早速一部の人間たちに見せ物にされているようだった。
2021年3月15日月曜日昼。
僕たちは久しぶりのキャンピングカーもといラボで、東京都に向かっていた。
僕はカレイの煮付けを作り、みんなに振る舞った。
僕自身も、食べる。甘いたれは米が進み。そこに温かい味噌汁を流し込む。たまらない。
「美味い!」
「同じく、おいしいよ。それも、ものすごく。」
レイジとユウリが言った。
「ありがとう」
「やっぱ桜田君の料理は最高だね!いつも今までにないくらい幸せの最高点を常に更新し続けてくれる。」
笛野宮さんは妙な言い回しをした。
「ああ、高い合格点だ。」
レイジも乗っかった。
「でも、これがいくら今までの人生で一番美味しいからって、最後の晩餐だと思っちゃいけないよ。」
笛野宮さんが言った。
「……フン、前にエイジが言ってたろ。
東京を取り戻して、復興するところを見るまでは死なないって。」
レイジが言った。
「俺だって、エイジが東京を取り戻すところを見ずに、死ねるわけねえだろ!」
ユウリも、そうだそうだと頷いた。
笛野宮さんはふふっと笑って「じゃあ大丈夫だね。」と言った。
その時だった。スマホから心臓に悪いアラームが鳴った。
『神奈川県北東部に大型フェノメノン現出。住民は避難してください。』
笛野宮さんはエンジンをかけ、車を発進させた。
「神奈川に向かう。揺れるかもだけど、腹拵えはそれまでにしっかりと済ませておいてね。」
……
移動中SNSを見ると、既にそのフェノメノンが話題になっていた。
◯神奈川県北東部住み、走ってるでかいやつ見てしまう #フェノメノン
添付されていた動画では、撮影している馬車からずっと遠くで、住宅と同じくらいの大きさの何かが動いているのが見えた。
目撃情報が、いくつも上がっていた。
しかし先ほどの投稿の引用で、妙なものを見つけた。
◯え、これいる、ここ山梨なんだけど、、、
最新の欄を更新していると、1時間後、埼玉県でもそれが見られたという投稿が出た。
◯めちゃくちゃでかいってこと?
◯いや、公民館よりちょっと高いぐらいの大きさだったから、流石に県跨いでは見えないと思う。
「笛野宮さん、このフェノメノン、移動していませんか?」
「そうみたい。神奈川から山梨、山梨から埼玉……移動してるね。
それも、東京の外周をぐるりと走り回ってる。時速は約70km。このままだと5時間程度で東京を一周する。
でも埼玉の次、千葉から神奈川へ渡るには海を泳ぐ必要がある。」
「走るより遅くなるか速くなるかは分かりませんね。あるいは、そもそも泳げないかもしれない。」
「うん。また逆方向に戻ってくる可能性もあるし、千葉の西端に到達したところで一旦東京内に戻り、海を回避しきってからまた外に出てくる可能性もある。
ともかく、私たちはこのまま神奈川県北東部で待機しよう。」
……
そして事件の場に着く。
東京都の間近。渋谷のそれを思わせる、大きなスクランブル交差点だった。
事件の直後に危険を冒してでも張られたであろう広大なフェンスが、ここから見てもわかるくらいバリバリに破かれていた。
そしておそらくフェノメノンの通り道であったであろう、綺麗に一直線に壊された建物。
そこから少し離れた位置に人だかりができていた。
「ここは危険です!じきにフェノメノンが通ります!避難してください!」
僕は声をかけた。
「え、みたーい!」
野次馬の女がはしゃいだ。
「危険ですから、今すぐ避難してください!」
人々は無視して、きゃっきゃと騒いでいる。
「避難勧告が出ています!はやく避難してください!」
僕はめげずに繰り返した。
すると一人が言った。
「何言っちゃってんの?お兄ちゃん肩の力抜いたら?」
野次馬の男は薄ら笑いを浮かべると、僕の肩を手で軽く叩いた。
するとレイジがその手をどけて言った。
「このままここにいたら、全員死ぬぞ!」
「うわぁ、だっる」
野次馬の女が言った。
野次馬の男は舌打ちした。
「萎えること言うなよ」
「あ、いたぞ!」
野次馬集団から声が出た。
声を出した野次馬が指差した方向、倒壊した瓦礫の上に小型のフェノメノンがいた。
イタチのようだが、目や耳や手足が大量にある。
「うわっ!」
「キモカワ」
野次馬たちが口々に感想を言う。
するとイタチは二足で立ち上がり、残りの手足を擦り合わせた。
僕は野次馬を押し除けていくと、フェノウェポンを起動させた。
イタチは手足を前に向けると、そこからザッと音を立てて風圧が飛んできた。
ユウリが風を起こして、それを逆方向へ跳ね返す。
その風は鋭い刃だったとわかった。東京内のわずかに残っていたビルの残骸が、更に斜めに切り落とされた。
野次馬たちから歓声が上がる。
回って移動した僕はカマイタチに背後から迫り、脳天に刃先を突き刺した。
カマイタチは溶けた。
「え、てかあれじゃない?ラボ?だっけ、本物?」
「あ!てか、うわっ、鎌の人!本物じゃんうぇーい」
そう言って野次馬の男は歩いてくると、僕の肩に手を回して撮影した。
僕はそれを払い除けた。
……カマイタチでラボ制服の生地がわずかに切れていたようだ。
そのせいで、個人識別能力阻害機能が作動しなくなったらしい。
今までのフェノメノンの攻撃では、制服は少したりとも傷つかなかったのに。
東京の中に進めば、こんなのがうじゃうじゃといるのだろうか。
僕は自分の住んでいた街がそんなやつらに跋扈されていることを実感して胸糞悪くなったが、その気持ちを落ち着けて言った。
「危険ですから、はやく逃げてください。」
しかし野次馬たちは笑っている。
そもそもなんで避難していない?避難誘導をするはずの現地警察官は……
僕はあたりを見回した。すると瓦礫の中に、警察官の帽子を見つけた。
拾い上げると、手に血が付着した。
皮膚や肉の痕跡も少し残っていた。
「……………」
殺されたのか。多分、さっきのカマイタチに。
「逃げるわけないじゃん、こんなショーを間近で見られるようなこと、滅多にないんだから。」
向こうから声がした。
「ショーじゃねえ、現実だ!本当に死ぬんだぞ!」
とうとう我慢ならなくなったレイジが、その野次馬の胸倉を掴んだ。
僕は流石にそれを止めようと間に入ろうとした。
すると野次馬たちはシャッター音を鳴らした。
「何怒っちゃってんの?」
野次馬は、小馬鹿にしたような薄ら笑いで言った。
「俺が死ぬ?死ぬわけねえじゃん。そんな突拍子のないこと、生きてて滅多に起こらねえよ?てかそもそもあんなの映像だろ?フェノメノンなんて生き物、常識的に考えて現実にいるわけないし。あんなの本気で信じてビビる方がバカなんだよ。あんたらも、いい加減目覚ませよ。」
他の野次馬たちもうんうんとお互いに頷き合った。
するとレイジはとうとう野次馬の男をぶん殴った。
「見えねえのか!すぐ目の前で壊れてる街が!どれだけ頭が悪かろうが、てめえにだって目はついてんだろうが!?これが現実じゃなかったら、なんだって言うんだ!」
レイジは東京を指差した。
しかし殴られた野次馬はそれを見ることなく、言った。
「てめえ、殴りやがったな?クズ野郎が。ネットで拡散してやる。ラボのやつらは民間人に暴力を振るうクズ野郎だってなあ!?」
「なんだと……!」
もう一発殴りそうなレイジ。僕はレイジの肩に手を置いて、すぐ離した。
そして間に割り込んだ。
「避難しろ。死ぬぞ。」
僕はそうとだけ、冷たい口調で言った。
こんな声のトーン、久しぶりに出した。
他の野次馬たちにも目を合わせた。
野次馬たちは目を逸らした。
次の瞬間だった。
巨大な地響きが聴こえてきた。
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