PHASE09 愛すべき天守の幻覚を穿つ
#33 桃が降る塔
2021年3月13日土曜日。
『本日早朝、火野都内閣総理大臣が府内にて散歩中に倒れ、救急搬送されたとの情報が入りました。話によりますと、総理は通りがかった80代の女性と談笑していたところ突然倒れ……』
画面の中で、ニュースキャスターが話した。
「今から京都に行くよ」
運転しながら、笛野宮さんが言った。
「今流れたニュース、フェノメノンですか?」
僕は訊いた。
「うん。でも不慮の事故じゃないよ。想定内。」
「酷いこと言いますね」
「安心してよ。まだ死にはしないから。彼の身体にはお手製の発信機を取り付けてある。体温や血圧、心拍数なんかの基本的なバイタルは勿論、フェノメナルフィブラの体内保有量・体外出力量ともに感知して、常に私のスマホに送られてくる。位置情報もね。」
「なんだか気分が悪くなってきました。」
「変な想像してないよねー?総理とは血が繋がってるし、結構なおじさんなんだよ?」
「フィブラもおばさん。31歳だし。」
ユウリが言った。
「………………」
笛野宮さんは少し間を開けると、言った。
「それを言ったらユウリちゃんとレイジくんだって何歳なのさ!?そういえば教えてくれてないよね?」
「そんなの調べられるんじゃないんですか?笛野宮の権力を使って……」
僕は言った。
するとユウリが言った。
「50億14歳」
「ごごごごご50億14歳!?私より何億年も歳上じゃん!おばあちゃーん!」
笛野宮さんが言った。
「まあいいじゃねえかそんなこと。それより京都に行くんだったよな?京都と、総理大臣が倒れたことに何の関係があるんだ?」
レイジが訊いた。
「そうだね。」
笛野宮さんは話した。
「去年の夏、東京都内のフェノメノンを透明化させているフェノメノンが京都府内のどこかにいるって話をしたのは憶えてる?その具体的な位置を、総理には探してもらっていたんだ。住民への地道な聞き込みでね。私たちはフェノメノンの居所がわかる、総理は住民と仲良くなって支持者が得られる。win-winの関係だったよ。」
「総理大臣にそんなことをしてる時間、あるんですか?」
僕は訊いた。
「ないね。」
笛野宮さんは即答した。
「本来なら、過労死寸前だったと思う。無理を言って身体を張ってもらっていた。フェノメナルフィブラを人工的に注入し続けてるから活動できているけど、そうでなかったらとっくに事切れているだろう。
前にも話したけど、笛野宮の血族はもう私と彼以外残っていない。即ち、私たちラボが頼れる外部の協力者は総理しかいないんだ。もし今後、東京を奪還する前に総理が死ぬようなことがあれば、かなり困る。
だからといって急ぐあまり、私たちが慌てて作戦に失敗しては元も子もない。……とはいえ総理には無理をさせすぎた、入院している間くらいはゆっくり休んでもらおう。」
「……京都のフェノメノンを探す役割、僕たちがやるのではいけなかったのですか?」
笛野宮さんは少し沈黙した。
そして答えた。
「何事にもタイムリミットはある。慌ててはいけないとは言ったが、素早くこなすのがいけないとは言っていないよ私は。」
「そうですか。」
「納得していない顔だね。」
ミラー越しに僕の顔を見た笛野宮さんが言った。
「……たとえば、たとえばね。実は私が未来から来て、今後起きる出来事を全部知っていて、どうにかうまくいくよう調整しているとしたら、今を生きる君たちに話をスムーズに信じてもらうためには、説明に少し嘘を交えないといけない……って言ったらわかるかな?」
「嘘は……いけないだろ」
レイジは言った。
「………………」
笛野宮さんは沈黙した。
「わかりました。必要なフェーズだったんですよね?」
僕は言った。
「え……うん。信じてくれるんだ。初めて髪をこのラボに乗せた時みたいに、詳細をちゃんと話すよう押されるのかと思ったのに。」
笛野宮さんは意外そうな声色で言った。
「押されたかったんですか?」
「いや……」
「もう笛野宮さんのこと信用してますし、いいかなって。
勿論、情報共有は必要ですけど……僕たちがこれからやることは京都に行って、東京のフェノメノンを透明化させているフェノメノンを解決すること。
ですから、本筋から離れた部分についてはそこまで気にしなくていいのかなって思うんです。勿論、理由があるのには違いないんでしょうから、まるっきりどうでもいいわけではありませんけど。」
「エイジ、いいこと言うね。私も同意見。」
ユウリがそう言って、小さな音で拍手した。
「ユウリがそう言うならしかたねえ。エイジ、お前に免じて今回は納得してやる!」
レイジがにっと歯を見せて言った。
「……そっか。みんなありがとう。」
そう言った笛野宮さんが微笑むのが、ミラー越しに見えた。
……
そして、僕たちラボは京都にやってきた。
総理が倒れたというその場所には、すぐ近くに塔があった。
青空のもと聳え立つ、荘厳な黒い五重塔。
近くで、おばあさんがしゃがんだり立ったりしていた。
何かを拾っているみたいだ。
笛野宮さんがそのおばあさんに話しかけた。
「こんにちは。おばあちゃん、何してるの?」
「ああこんにちは。桃を拾っているんですよ」
見ると、おばあさんの手には確かに桃が優しく握られていた。
それはそれは、その辺に落ちているとは思えないほど綺麗な見た目の白桃だった。
「落ちてくるんですよ、この塔から、桃が。」
そう言っておばあちゃんは空を指差した。
「桃が落ちてくるようになったのって、いつから?」
「うーん、つい最近だよぉ。先週の土曜日だったかなあ。
でもねえ、塔から桃が落ちてくる話は、私がずうっと子供の頃に、聞いたことがあるのよ。
幻の六重塔、
しかし誰に招かれたとしても、塔の中に入ってはならない。その先にあるのは黄泉の国だから……ってねえ。
この歳だから最近忘れっぽいんだけど、なんでかそれだけはよく憶えてるのよ。」
笛野宮さんは一瞬上を見上げると、おばあちゃんに視線を戻して言った。
「そっか。ありがとうおばあちゃん。」
僕は塔を見上げた。
さっきまではただただ荘厳だった五重塔は、周囲の空も含めてどこか妖しい雰囲気も纏っていた。
それに、なんだか少し高くなったような気がする。
いや、気のせいじゃない。五階建てだったはずのその塔は、いつのまにか六重塔へと変わっていた。
「階が増えてますよね……?」
僕は訊いた。
「うん。実際に増えているのかそう見えているだけなのかは、わからないけどね。」
笛野宮さんが言った。
「さあ、行くよ。」
僕たちは、塔の中へと入っていった。
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