#32 この島守ん海と太陽の使徒
測定の結果、編疾の家にはもう他にフェノメノンは隠れていなかった。
しかし散策すると、道中でフェノメノンが現れた。
あの時のヘビ型のフェノメノンだった。
数は多かったが、僕らは全て倒すことができた。
「名前はつけないのか?」
レイジが訊いた。
「では仮に、スネークガーデンと呼称しよう。」と笛野宮さんは言った。
それから一週間、そんな日が毎日続いた。
2021年3月8日月曜日。
今日も同じように、町でスネークガーデンを解決し、帰り、夕食を頂き、眠りについた。
……
気がつくと、僕は海にいた。
波が足にあたる、浅瀬で立っていた。
僕はここが夢だと分かった。
「これ、夢だな」
わざわざそう呟いた。
後ろで犬が吠えた。
振り向くと、そこにはシーサーがいた。
でも、家の前にいた石像じゃない。
毛並みがふさふさとしていて、まるで本当に生きているみたいだ。
僕はスマホでシーサーを撮影した。
カメラロールを確認すると、石像のシーサーが映っていた。
「夢の中なんだから、撫でたっていいよな」
僕が近づこうとすると、後ろから闇が充満してきた。闇……謎の真っ黒な液体、気体?わからないけど、景色を暗い暗い何かが塗り替えていた。
僕ははっとして、慌てて砂浜の方へ手を伸ばす。
すると、シーサーはむしろこちらに飛びかかってきた。
ぶつかって、目が覚めた。
「はっ……!」
起きた拍子にイヤホンが耳から転がり落ちて、ころころと床で音を立てた。
真っ暗な深夜。
レイジが相変わらず煩いいびきを立てていた。
しかし編疾はいなかった。
僕は、尿意はそこまでないが、起きてしまったのでトイレに行っておこうと立ち上がった。
イヤホンを拾い、ポケットにしまう。
部屋の扉は閉まっている。
それを開けると、突然わずかに明るかった。
「眩しっ」
つい小声で漏らす。
するとその明るさは、頭上ではなく下の方から発せられていた。
「え?」
そこにいたのはシーサーだった。石像でない、さっき夢で見たふさふさの。
「まだ夢は続いてるってことか……」
そう呟いたが、これが夢という感覚はあまりしなかった。
シーサーは犬のようにすんすんと鼻を鳴らすと、玄関の方に向かった。
僕は、写真撮影よりも音が少なくて長く回せる、動画撮影を始めた。
スマホ越しにみると、シーサーはさっきの夢みたいに石像にはならなかった。
僕はシーサーを追って玄関まで辿り着く。
靴を履く。
シーサーは走っていく。
僕は追いかける。
そのまま少し走っていくと、道路の真ん中に立つ人影がいた。
後ろ姿だが、あれは編疾だった。
僕が声を掛けようとすると、シーサーは素早く僕の身体を登ってきて、僕の口を前足でちょこんと塞いだ。
そして肩からその前足を伸ばし、僕のスマホを持つ手をぽんぽんと叩いた。
やれと言われているような気がして、僕はスマホを編疾に向けた。
するとスマホ越しに見えたのは、編疾をぐるぐると覆う赤い目の銀の蛇だった。白銀の鱗の背には、真っ赤なたてがみが生えている。
僕はつい声を出しそうになるが、シーサーはまた僕の口を肉球で塞いだ。
その後シーサーは僕を降りて横に走っていき、バス停の裏に隠れた。
僕もそれを追ってバス停の裏から様子を見た。
大蛇は口から大きな楕円のもの……タマゴを吐き出した。
地面に激突したタマゴはひび割れて、そして別の大きな蛇が出てきた。……スネークガーデンだ。
スネークガーデンは町へ向かっていく。
追いかけないと。
そう思った時、僕より先にシーサーが飛び出した。
するとものすごい光を発した。
真夜中なのに、まるでその場が朝みたいになった。
スネークガーデンは焼き焦げ、消滅した。
しかし周りのバス停やそれこそ僕は、熱いだけで焼き焦げていないのを見るに、単なる光ではないのだろう。
編疾を見ると、さっきの銀色の蛇が、編疾の口の中に逃げるように入っていくのが見えた。
すると音声通話がかかってきた。
「桜田君起きているかい!?なんだこの光は!?」
「笛野宮さん、シーサーがいます。」
……
翌日。僕らはいつものように朝食を摂り、町へパトロールへ向かうため靴を履いて、そして家を出たところだった。
「おいエイジ、急に止まるなよ」
レイジが言った。
「あのさ、落ち着いて聞いてほしい。」
僕は編疾に言った。
「え、俺?」
僕はスマホを見せた。
昨晩の動画を再生した。
「え……これって……?
何だこれ……俺から、スネークガーデンが……!?
そんな……それってつまり……フェノメノンが現れたのは、俺のせいだったってことなのか……?」
すると突然、頭に釘を刺されたみたいな頭痛が走った。
「今すぐその手を下げて、取り消しなさい。」
脳内に声が響いた。
うっすらと、蛇の輪郭が見えた。
「これは冗談だと言いなさい。」
この言葉はおそらく、昨日の銀の大蛇が僕に送っているのだろう。
笛野宮さん的にいえば、フェノメナルニューロンを僕に接続して、フェノメナルフィブラを送り込んでいる状態。
蛇は続けた。
「本当によいのですか?この人間はヒーローだと周りの者に持て囃されている。それなのに、実は敵を産んでいたのは自分自身だったと知ったら、酷く傷つき、立ち直れなくなるでしょう。それ以前に、私をこの人間から引き剥がせば、シーサー・ヘントマンとしての超常的な能力は失われる。貴様の愚かな選択が、一人の同族の心を弄び、滅ぼすのですよ。」
赤いたてがみの銀大蛇は、僕に流暢にそう言った。実際に音声としては発していないのだろうけど、流暢な言葉運びで脅しの思考を送り込んできた。
「……いや、やめないね。
変わらない。力があろうがなかろうが、編疾はシーサー・ヘントマンだ。」
「愚かな。」
「たとえ力が強くたって、それを横暴に払うのならそれはヒーローじゃない。編疾はその反対なんだ。
この島の、みんなに慕われている。だからこそ編疾はシーサー・ヘントマンなんだ……!!」
「そんなことはありません。力があるから、周りの人間たちに媚びへつらわれているだけです。
そして本人も、無双的な力を得て天狗になっているだけの独善的な人間なのです。」
「そうかな?そうは思えないね。もし本当に編疾がそんな人間なら……初めて会った日、僕たちに"心強い"なんて言わないはずだ。しかも、笑顔で。自分の幼い頃からの憧れまで語って……。
それがどれほど勇気のいることか、わかるか?
僕には、ずっと長い間できなかったことだよ。」
「本当に愚かなのですね。なら死になさい。」
大蛇はシャーッという不快な絶叫をあげながら、僕に向かってきた。
しかしそんな蛇の首元に、突然飛んできたシーサーが噛み付いて止めた。
それと同時に僕の意識は、現実の物理的な空間に引き戻された。
目の前で、編疾の口からものすごい勢いで大蛇が飛び出していく。
それこそ映画やゲームで見るような竜巻、トルネード……そんなイメージ。
それぐらいの超巨大な大蛇が、その場に、目の前に本当に現れた。
編疾は息切れしているが、巨大蛇を吐き出したからと言って口や体が裂けたりはしていない。
PF……粒子状になって溶け込んでいた、ということだろう。
空を貫くほどの絶望的大きさの巨大蛇を前に、編疾は膝をついた。
「すまない……俺のせいで……」
「編疾のせいじゃない。」
僕は言った。
「編疾は今までずっと、シーサー・ヘントマンとして戦ってきたんだ。それも、スネークガーデンが出てくる前からな!
島のみんなはもちろん、僕らだってそれを見ていた。つい一週間前までのことだ。」
僕は手を貸した。
「……そうか、確かにそうだよな。ありがとう……!」
編疾は手を取って立ち上がった。
「でも、わかるんだ。俺の力が強くなったのは、ずっとあれが体に入り込んでたからだって。今の俺に、戦う力はない。」
「気にすんな!俺たちがサクッと倒してきてやるよ!」
レイジがそう言った。
ユウリも編疾を見て頷く。
するとシーサーが吠えた。石像ではない、ふさふさの。
「えっ!?シーサー!?」
編疾がその姿を見て驚くと、シーサーは編疾の身体へ飛び込んできた。
「うわあっ!?」
その瞬間、ものすごい光が放たれた。
僕らも、巨大蛇もつい目が眩んだ。
そして光が穏やかになった時、そこにいたのは、シーサー・ヘントマンだった。
「えぇえ……っ!興味深い事象だ!」
笛野宮さんが興奮気味に言った。
「これは……」
シーサー・ヘントマンは拳をギギギっと握って鳴らした。
「力が……それも前みたいな、頭の中や胸がぎゅっと苦しくなるような感覚がない……ずっと心地いい!気分が晴れやかだ!」
「なんだなんだ!?」
人々が集まってきた。
編疾は息を吸って、吐いて、吸って……名乗りを上げた。
「聞いて驚け!この島守ん海と太陽の使徒!」
腕を波のように畝らせて、拳を胸の前で握りしめたかと思うと、天に掲げた。
「シーサー・ヘントマン!」
「うおおおおお!!」
周りから声や拍手が聞こえてくる。
笛野宮さんは言った。
「当該PMをこれより、ジーザアペンドと呼称。桜田永時、鈴木レイジ、鈴木ユウリ、シーサー・ヘントマン。対処に当たれ。」
「はい!」
「おう!」
「うん!」
「ああ!」
「レイジ君は地上から火炎放射で撹乱、ユウリちゃんは桜田君を持って飛んで、適宜投げたり受け止めたりして。シーサー・ヘントマンは……」
笛野宮さんはいつものように、僕たち一人一人に、指令を出した。
「巨体から繰り出される広範囲攻撃から、島や、みんなを守って。できるよね?」
「もちろんだ!」
ジーザアペンドは巨大な尻尾を振るわせて、山の頂まで飲み込むほどの大波を作り出した。
しかしシーサー・ヘントマンは飛び上がると、太陽の如し光を発して、回し蹴りを繰り出した。
すると大波は跳ね返って、ジーザアペンドを飲み込んだ。
「おおおおおお!!」と歓声が上がる。
その隙に、遙か上空へ飛び上がっていたユウリと僕は、ジーザアペンドの眼前に現れる。
ジーザアペンドが僕らを大口を開けて食らおうとするが、後ろから炎。レイジの火炎放射だ。
ジーザアペンドはそれを避けるため、少し仰け反った。
その隙に、ユウリは僕を思いっきり高く上空へ投げた。
僕は念じる。大きく、大きく。
かつてないほど巨大にした
ジーザアペンドは、真っ二つに引き裂かれていく。
その躰は海にぶつかって大波を起こす前に、霧散した。
…………
「……本当に来ないのか?」
僕は、空港で振り返った。
編疾は言った。
「ああ。あのあとシーサーも元の石像に戻っちゃって、結局力はなくなっちゃったわけだし。」
「残念だ。でも仕方ない。フェノウェポン適合者テストも、不適合だったから。
とはいえ、シーサーと融合してシーサー・ヘントマンになった時は、とてつもないPF量を記録してたのに……」
笛野宮さんがそう言うと、編疾は笑った。
「きっと、本当に危険な時にならないとシーサーは力を貸してくれないんだろうなって思う。
ま、俺はこの島を守るよ。みんながフェノメノンはもういないって最後に調べてくれたから、もう今後危険はないのかもしれないけどさ。」
「いいじゃねえか。平和が一番だ。」
レイジが言った。
「そうだな!」
「また会おう。」
ユウリが言った。
「ああ!また会おう!」
別れても、編疾は見えなくなるまでずっと手を振っていた。
飛行機にて。
レイジとユウリは眠っていた。
僕はふと、笛野宮さんに訊いた。
「……倒さずに放置していってよかったんですか?多分あのシーサーって、フェノメノンですよね?」
「言うねえ。」
笛野宮さんはそれだけ言って、アイマスクをつけた。
そして背もたれに体を預けると、続きを話した。
「フェノメノンは人の伝承に似ている。偶然似ているような気がするだけなのか、はたまた伝承に合わせた姿や生態をとるのかはわからない。
けど、後者であると仮定して言うとね。普通、異形の怪物というのは人に危害をくわえ、恐れられるものだ。
だが、守り神として人に愛されてきたシーサーだからこそ、その伝承通り、太陽を司る守り神としての習性をとったのかもしれない。
私たちが殺しているのはフェノメノンという生き物そのものではない。フェノメノンが引き起こす危害、フェノメノン被害だ。
悪さなんてしていないそれを私たちが殺すことで、その怨念……フェノメナルフィブラをもとに新たなフェノメノンが発生し、暴れるようなことがあっては元も子もない。」
「倒した怨念というのなら、今までに倒したフェノメノンたちもそうなるんじゃないですか?」
僕がそう言うと、笛野宮さんはアイマスクを少し上げ、背中はもたれたまま首をこちらに向けて言った。
「ほんの少しだけ鋭いね。でもまだまだ詰めが甘い。
それを言うなら、今までのフェノメノンたちは最初から暴れて人に危害を加えているわけだから、はなっから怨念だよ。」
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