10-3
昼食。学食。いつもの七人。
「年末はどこか行く?」
「このメンバーで?」
「そ。やっぱ大晦日に初詣っしょ」
「寝不足は肌に悪いでしょう」
「神様に願いを叶えてもらうのだから代償を支払うのは仕方がない」
翼と乃梨子が話をしている。
「受験勉強はどう?」
「私を誰だと思ってんのよ」
「国立狙いでその自信、ほんとすごいよね」
「それだけの努力はしてきたもん。あんたは家政科受かりそう?」
「あたしは一応推薦だからな」
「いい感じに進めるといいね〜お互い」
千歳と亜弥が話をしている。
「坂東はどう?」
「受験が終われば受験とおさらばだ」
「そんな当然のことを」
「あ〜、もうマジでキツいよ。お前は?」
「前よりは楽になったよ」
「いいなあ。俺も進路変えようかな」
「いまさら? いまから変えた方が大変だと思うけど」
「だよなあ〜……」
和洋と隆太が話をしている。
「……」
自分はひたすらカレーを食べる。
みんなの会話をしている。
自分は、その会話の中にいない。
自分は、いない。
「今日はなんか光くん孤独ね」
という翼の声かけに、光は、ん? と顔を向けた。
「人は孤独な生き物」
「違いない」
そしてカレーを食べることに集中する。
翼が光に声をかけ、光がいつも通り答え、それが––––なぜ沈黙が走るきっかけになったのか、光にはわからなかった。
「え?」
と、顔を上げた光はみんなを見る。
「どうしたの?」
「いやこっちのセリフ。いつもだったらどんどん会話してくるのにあっさり切り上げちゃったから」
「おれだってひとりになりたいときあるよ」
しまった。
これはこの場にそぐわない発言だった。
それなら、そんなことを言わず、ひとりになっていればいいのに。
「あ、いや。なんかぼんやりしてて」
「どしたの? なんか光くん人生ハードモードな雰囲気」
「別に、そんなんじゃないよ」
「ま、ゲイはハードモードか」
そこで隆太が、ん、と、呟いた。
そのとき、隆太の頭の中は受験の辛さでいっぱいだった。
「別にゲイだからハードモードってことはないだろ」
光はそのまま同意する。
「ご名答坂東くん。誰もがハードモードなものだしね」
「真壁的にはどの辺がゲイはハードモードだと思うわけ? 俺はなんか別に普通に見えるけど」
普通に見える。
普通に見えるようにしてなきゃ、普通に接してくれないんだろ。
「え。あたしは腐女子だもん。ゲイの辛さならわかってるつもり」
フィクションでわかったつもりになるな。
おれの辛さでオナニーしてるんじゃねえ。
「たかだかお話で辛さとかわかってほしくないんだけど」
光の暗い呟き声に、みんなは停止した。
「え、いやだって、辛いのは辛いでしょ?」
翼の疑問に光は答える。
「辛いよ」
「どの辺が?」
隆太の質問。
「どの辺がっていうか……なんか、全体的に」
「辛いのはみんな辛いだろ」
「そういうことじゃなくて」
「俺も受験辛いしさ。あと、乃梨子のいる前でこんなこと言うのもあれだけど、俺もいろいろ失恋してきてさ、いろいろ辛い思いしてきたことはあったよ」
隆太は、光を慰めているつもりだった。いつもテンションが高い光がどことなく落ち込んでいるから、光とはそこまで親しいわけではないがそれでもいつも一緒にいる友達として元気を出してもらうつもりだった。
優しさのつもりだった。
「いや、失恋の悩みと同性愛の悩みは違うから」
「うーん。よくわからん。そんなこといちいち気にするなよ」
「わからないならわからないでいいよ」
おかしい。光の様子がおかしい。もう全員光の異変に気づいていた。
そして、最も気づいていたのは和洋と千歳だった。
だが、二人とも、なんと言ったらいいのかわからない。
なんといっても、光の異変は、自分たちが原因なのだから。
「なんかめんどくせえな」
隆太からすれば正直な感想に過ぎなかった。特に光に悪意があるわけではない。しかし、光にとってはそうではない。
「みんな、めんどくさいって言って、差別をそのままにしちゃうんだよね」
隆太は面白くない、といった表情を隠さなかった。
「––––俺、別に差別なんかしてないけど」
「それがいままさにしてるんだけどね」
「え、ちょっと待って、具体的に俺なんかした? 俺、お前になんかしてる?」
「別に、言葉にするのは難しいけど」
「はっきり言ってくんなきゃわかんねえだろ」
「だからそれを言葉にするのは結構勉強したりしなきゃいけないんだよ」
「勉強って、なにが辛いのかそのまま言えばいいんだろ」
「例えば、好きな人に振り向いてもらえないとか」
和洋は光を見る。
隆太は吹き出した。
「いやだから、そんなの別に普通のことだろ。みんなそうだよ。俺も辛かったよ」
「異性愛者の、そういうのとはわけが違う」
「なにが違う? それのなにが悩みなのかわからない」
「とにかく辛いし、生き辛い」
「でも俺たち、別にお前と普通に接してるだろ? そんな別にいじめたり無視したりしてないだろ? ––––いや」
と、そこで隆太は考えた。
「そもそも差別なんてあるの? 石を投げられたりするわけじゃあるまいし」
「そういう直接的な攻撃だけが差別じゃない」
「だから……じゃ、結局俺がお前になにしたっていうんだよ」
隆太は苛々し始めた。自分が光を差別しているつもりなど隆太には毛頭ない。それが光はそうではないという。光は自分に差別をされているという。しかしそれが具体的にどういう行動のことを指しているのかを言っていない。これでは隆太としては不満が溜まる一方だった。光は、自分のことを一方的に悪人だと言っている。そしてその根拠については何一つ説明していない。
それでも––––光は自分の“辛さ”をどうしても言語化できないでいた。
例えば好きな人と結ばれないことの辛さなら同性愛者だろうが異性愛者だろうが同じように存在する。それはわかる。しかし、それとは明らかに違うのだ。同性愛者には同性愛者の苦しみがある。だがその違いを具体的にどう説明すればいいのか光にはどうしてもわからなかった。
生き辛さも、誰もがハードな人生を送っているものだ。それはよくわかっている。それでも自分のハードさとはなにかが違う。というより他のハードさとは異なる生き辛さが同性愛者にはある。それがどうしても言葉にできない。
それでも隆太の疑問についてそのままにしておくことはどう考えても不親切だということは光にもむろんわかっていた。
「だから、隠さなきゃいけないのがキツいっていうか」
「隠してないじゃん」
「それは、いまでこそで」
「じゃ、いまがよけりゃよくない?」
ダメだ。どうしても伝わらない。隆太は自分の話を聞こうとしている。だから話せばきっとわかってくれる。それでも、隆太にわかってもらうための言葉を光は持っていない。
光は立ち上がった。
「おれ、ちょい気分悪いから、帰る」
「俺の方が気分悪いよ……」
隆太の反応は当然だった。なぜなら、自分がなにも説明していないのだから。
なにも、説明できていないのだから。
「ごめん。また明日」
そして光は食べかけのカレーを返却口へと戻し、食堂を出た。
和洋と千歳は、ただ見送ることしかできない。
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