第八話 祝福のつもり
8-1
「ねー君尋さーん」
夕方、光と君尋は格闘ゲームをしている。
「なに?」
「おれよく思うんだけどさー」
「なに、どうした?」
「よく街中で手を繋ぐカップルいるじゃん」
「いるね」
「あれってどういう意図なのかな」
「意図もなにも、恋人同士だから手を繋いでるんだろ」
「そっかなー」
「と、おっしゃいますと」
「なんか、『私たち、永遠の愛で結ばれているの』アピールに見えるんだよね」
「そりゃ嫉妬だろ。お前に彼氏がいないから」
「えー、なのかなあ。客観的にそう思わない?」
「アピールならアピールで、アピールしたくてアピールしてアピールできてるわけだから、二人の目的は達成されてるんじゃないの」
「ああ、まあそうなるか」
「お前も手、繋ぎたいの?」
「うーん」
「?」
「ま、機会があれば。相手がよければ。あ、勝った」
その宣言通り数秒後に君尋の操作しているキャラクターが地面に伏した。
「あー、負けちゃった」
「やったね。今日の夜食はスージーコーナーのシュークリームだ」
君尋は、ふふっと笑う。
「そんなのいつでも買ってやるのに」
学校。数学の授業中。
「……」
和洋は近くの席の光を見ている。教科書を壁にして弁当を食べている。本当にこういうことをするやつがいるんだなあ、と思って弁当箱をよく見てみた瞬間、和洋は叫んだ。
「俺の弁当!!」
仁はやっと現状を打破できると思い和洋に感謝の念でいっぱいだった。
「ん?」
と、光はエビフライを尻尾まで食べながら和洋の方を振り向く。和洋は授業中だというのに立ち上がって光の席へ向かい、自分のものだったはずの弁当を取り上げる。
「おい! なんでお前が俺の弁当食ってるんだよ!」
「それはもちろん、これが会長の弁当だから」
「意味がわからない! あ〜! もう野菜しか残ってないじゃないか!」
「おれ野菜キライ」
「いやだからそうじゃなくて––––」
「はいはい、夫婦漫才はそこまで」
仁が手を叩きながらそう言ったものだから光の目が輝いた。
「じゃ、おれが奥さんね」
「うん、そんな感じがする」と、翼は何度もうなずいている。「やっぱ光くんが女側だよね」
「え、おれそんなに“やっぱ”って感じに見える?」
「ウケっぽいなとは思う。そしてバニラなどでは決してない。で、実際は?」
「さすがにTPOガン無視で授業中に他の人たちがいる前でそんなプライベートなことは言わない」
「なに、バニラって?」
と、亜弥が乃梨子に訊ねるものだから、乃梨子は、う〜ん、と唸った。
「わたしの口からは」
「ああ、性的な話か」
「人の彼女に変な話を振るなよ」
「あらそれはごめんあそばせ」
隆太に対して全く悪びれた様子のない亜弥に、千歳は苦笑する。
「“ごめんあそばせ”って本当に遊ばせてる感じするよね」
光はうんうんとうなずく。
「日本語の不思議なのだ」
「なんか話が逸れたと思ってるかもしれないけど俺の弁当食ったんだから昼食奢れよな」
「いいよ〜最近のおれは調子がいい」
「なにかあったの?」と、千歳。
「うん、あのねー」
「はいはい、集団コントはそこまで!」と、仁は笑いながらも少し怒っている。「そもそも北原、いくら教科書でバリア張っても教壇からは丸見えなんだからね」
「その割にはずいぶん食べさせてくれたみたいだけど」
「いや北原が早食いなだけで、ぼくはいつ注意しようかとずっと思索していたんだよね」パンパンと手を叩く。「というわけで授業を再開しますぜ諸君。じゃ、北原答えてー」
「わかりません!」
即答した光に、いよいよ他のクラスメイトたちも爆笑した。仁は、この子は将来どうするつもりなのだろうと呆れる一方で、ずっとこのまま楽天的な北原光でいられるといいのだが、と、期待と不安を同時に思うのだった。
「––––それで、最近なんか調子がいいってさっき言ってたけれど?」
昼休み。学食。七人は同じテーブルに座って食事を取っていた。ちなみに光は光で再び昼食を取っていた。機嫌がいいと食欲が増大する、ということもあるのだろうかとみんなは思った。
「うん、バイトを辞めて」
翼の質問にそうあっさり答えたので、全員目を剥いた。
「それでどうして調子がよくなるの?」と、訝しげに乃梨子は言った。「普通は調子が悪くなるんじゃない?」
「皿洗いのバイトの方でさ。ほら、例のババアの」
「あ、爽快感があるわけね」と、翼が納得したように言う。「やっと辞められたみたいな」
「でも、店長に言わなかったの結局?」と、亜弥はふと思い浮かんだ疑問を放った。「耐えられなかったのかな」
「ううん。店長に訴えたのよ。あのおばさんに日常的に困らせていると遂に」
「そしたら?」
という千歳に、光は、う〜ん、と唸った。
「おれが天涯孤独だっていうのをそのおばさんに話してたみたいなんだよね。面倒見てやってくれーって。それでおれのことを気にしてて、それでキツく当たってたらしい。っていう話を君尋さんにしたら、従業員の個人情報をペラペラ話す店長の店なんか即刻辞めろってなって。それで、一応二週間勤めてそれで辞めちゃった」
「あ〜。それはその店長が悪いわ。ね」と、翼はみんなに同意を求める。みんな、うん、うん、とうなずく。
「でもさ、おれとしては別に辞めなくてもよかったんじゃないかなーと思ってるんだよね」
「どうして?」千歳が訊ねる。「君尋さんの言う通りだと思うけど」
「いっそのことその件でそのババア利用してやってもよかったかなって」
「穏やかじゃないねー」しかし翼は興味津々の態度だった。
光は説明した。
「だから例えば、そのババアにおれの細かい個人情報言って、同情させて仕事やりやすくする、っていうのも手だったかなって。まあ君尋さんがすごい怒ってて、店長に電話ですごい怒鳴ってるの聞いちゃった以上、続けるわけにはいかなかったっていうのもあるんだけど」と、光はコップの水を一気飲みする。「でもま、爽快感解放感万能感自体はやっぱあるわけよ。あーこれでもうあのババアと二度と関わらずに済むってね。よっておれの調子が良き今日このごろ」
翼は大いにうなずいた。
「なるほどね〜利用に、同情を引くか……いいね、光くんはすごい将来の参考になる。働くっていうのはこういうことさ、みたいな」
「そうかな」
「そうだよ。乃梨子もいまみたいなかわい子ちゃんのままでいたら絶対社会に飲み込まれるよ」
「うーん。わたしはなんていうか、むしろ飲み込んでやろう、みたいな」
「あんたはほんと只者じゃないわねえ」
「亜弥には負けるよ」
「それ、どういう意味?」
「でも、俺の弁当食った言い訳にはならないからな」
と、和洋がしつこくそう言うものだから、よもや自分の食べてしまった弁当はそこまで貴重なものだったのだろうか、と、光は沈痛な面持ちになった。
「ごめんなさい」
と、素直に謝ると、和洋は打って変わって自分の方が申し訳ないことをしたんじゃないかという気分になってしまう。
「いや、そこまで……」
「おばあちゃんの作ってくれた最後のお弁当だったの……?」
「は? え、いや違うよ、初めて自分で作ってみた弁当で……」
瞬間、光と女子たちが身を乗り出した。
光は大声で喚いた。
「え、じゃおれ会長の童貞もらっちゃったわけだ!」
なんてことを言えば学食中の生徒たちが全員光に注目するのは当然だった。
和洋は顔を真っ赤にした。
「バカお前、なに人前でバカなこと言ってんだ!」
「え〜、だって同じことでしょ」
「どこが!? 全然違う! み、みんな! 俺の弁当の話だからな! 俺の初めて作った弁当を北原が食べちゃったんだよ! ただそれだけの話だからな!」
立ち上がって必死に弁解し大袈裟にジェスチャーする和洋に、みんな、くすくす笑っているので、和洋はその場にいる全員が納得したのかしていないのかが気が気ではない。
「いや〜……会長の初めてもらっちゃったのかあ……それで賢者タイムかあ……」
「おいお前いい加減にしろよ」
「ご、ごめんなさい……」
「いやだから、そんなにしおらしくされたらなんか俺が悪者みたいな……」
「なんかみんな楽しそうだなー」
結局、なんだかんだわいわいと談笑するみんなを眺めながら、隆太はひとり呟いた。
「な、大黒」
と、隣の席の千歳に声をかけるが、千歳はなんだかぼんやりしている。
「こっちも気が気じゃなさそうだ」
そして隆太は食事に戻る。
千歳は思う。
いつもの風景だ。
でも––––光と和洋の仲が、前より遥かに深まっているように見える。
それは、いいことではある。
だが、自分の心がざわつく。
ふう、と、軽くため息をつき、やがて千歳も談笑に参加する。決して自分が別のことを考えているなどとは誰にも悟られぬように。
……これから卒業までこういった日々が続くのだろうか。
そう思うと、なんだか千歳は、自分だけ除け者にされているような気がしてならないのだった。
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